62 新しい命
動物の交尾を仄めかす描写があります。
苦手な方は注意してください。
さて皆さんこんにちは。蟻です。名前は紫水と言います。自分で決めた名前なんですよ。かっこ悪い? どうでもいい? まあ少しだけオレの話を聞いてくれませんか?
どうにかしてラーテルの襲来と冬の極寒を乗り切った私めでごさいますが、またしてもピンチです。いや直接魔物が襲ってきたわけじゃないけど、危機的状況には変わりない。
まず一つ。蟻たちの数が少ない。本当にヤバイ。30匹ちょいだぞ? オレが産まれた時よりも減ってんじゃないか? 弱くてニューゲームなんてクソゲーすぎる。
さらに取り返しがつかないのが蜘蛛糸だ。部屋に置いていただけなのが良くなかったのかほとんどの蜘蛛糸が張りを失っていた。乾燥や寒さに強くなかったのかもしれない。きちんと考えておけばこうはならなかったかもしれないだけに悔やみきれない。
糸がないと火を点けることさえ難しく、またつる植物から糸を作らなければならない。……もう蜘蛛糸は手に入らないからな。
その他もろもろ問題はあるけどやはり人口が少なすぎる。人手さえあれば大体の問題は解決できる。
そして……うん、解決する方法はある。見つけてしまった。
要するに産める卵の数を増やせばいい。オレ以外の女王蟻がいればいい。つまりオレ自身が女王蟻を産むことだ。十分な食料さえあれば人口が増えるペースが倍になる。
で、肝心の女王蟻を産む方法なんだけど……その前に今お食事中ならちょっと手を止めるか、さっさと飲み込んでほしい。
もういいな? 文句言うなよ?
オレのお尻にはいくつかの器官がある。排泄器官である肛門、毒針のように飛び出すことのできる産卵管、そして使い方がよくわからない穴がある。
念のために言っておくがオレは男だ。少なくとも男だった。もう一度だけ言っておくがオレは男だ、精神的には今でもそうだ。
一応前にも軽く説明したが、地球においての蟻の性決定方法を説明しよう。
一部例外はあるものの蟻の雄は未受精卵から産まれ、染色体を半分しか持たない単為生殖の一種だ。雌は受精卵から産まれる。要するに雄は遺伝的に父親がいない、ということになる。このような性決定様式を半倍数性と呼ぶ。これは主に蟻や蜂に見られる特徴で、真社会性動物の成り立ちに大きく関わるのだが……そこは割愛しよう。
ただし、この世界の蟻はどうも雄という概念を理解できなかったため、この蟻は雄の存在しないタイプの蟻だと思っていた。そういう蟻も地球にいるし。しかし蟻たちに話を聞いてもオレは女王蟻を産む方法がわからなかったため、色々と試さざるをえなかった。
そこで色々何が産めるかを試したりしていると……その、地球で男だった時に出てたらしきものが産卵管から出たわけですよ。ええ、女性には決して出せないあれです。
はい。結論を申し上げましょう。
私めは雌ではないようです。ぶっちゃけると両性具有というやつではないでしょうか。
今思うと蟻たちはオレのことを女王とは呼んでも、雌だとは一度も呼ばなかった気がする。あははは。なにわろとんねん。
つまりオレは性別女王であって男でも女でもないらしい。肉体的には。
さてそれではオレは一体誰と交尾できるのか? 少なくとも蟻ではない。蟻達もそういっている。そこでさっき話した使い道のわからない穴の話になる。勘のいい皆様方ならおわかりだろう。……これ、生殖器なんじゃね?
ここに産卵管をぶっさせばアレがこうして受精するんじゃねーか? つまりこの世界の蟻は未受精卵では雌の働き蟻が産まれ、受精卵では女王が産まれる。そういう仮説が成り立つ。
……性別がゲシュタルト崩壊を起こしそうだ。
ちなみに女王蟻の産卵管はよく伸び、良く曲がるため自分自身で例の穴に突き刺すことも可能だ。
あははー、うふふー。こういうので腐ってる方々は喜ぶのかなー。それとも気持ち悪すぎてついていけないのかなー。オレも現実逃避したいなー。あははー。
やっべぇ。なんかもうついていけねぇ。
話をまとめると女王蟻を産むためには他の女王蟻を探して交尾するか、自分自身と交尾するかのどちらかだ。どっちもハイレベルすぎるぞ、それ……。
当然ながらどこに他の女王がいるかはわからない。そうなると必然的に選択肢はしぼられるわけだけどさ……。しかしオレにも地球の人間で過ごした男としてのプライドがある! ……あるよな? まだあるよな? 産卵して子供もいるけどオレまだ元人間の男だって言っていいよな?
未婚かつ童貞の処女で大量の子持ちだけど男であるはずだ!
しかしいくら自分とはいえ虫と交尾なんかすればそれすら無くなる。いいのか!? そんなことをしていいのか!? しかしオレ以外の女王蟻がいなければ人口の大量増加は望めなくなる。
そしてもう一つあまり蟻たちを産みたくない理由がある。ヘイフリック限界だ。生物の細胞分裂できる回数は予め決まっている。いわゆる細胞の寿命だ。
魔物の細胞分裂速度がけた違いに速いことを考慮すると、その寿命がすぐに尽きる可能性がある。生殖細胞には細胞の寿命を延ばす性質があるらしいが、がんがん働き蟻を産み続ければ寿命が減りそうな気がしてならない。
正直やや非論理的で、単なる思い込みな可能性が高いけど、何しろオレの寿命がかかっている。軽々しく判断はできない。
どうする? どうすればいい?
ぬうう。ぬううううううーん。
十数日後。
そこには元気に餌を食べる女王蟻の幼虫の姿が! どうやらまたきちんと役目を果たせたらしい。
これで良かったんだ。そう思い込むことにする。
あと、幸運というべきだろうか? 蟻は行為に及んでも快感を全く感じない。
……それを感じたら色々と終わりだった気がする。まだ終わっていないものがあるのなら……だが。
男→両性もTSに分類されるんでしょうか。




