61 悪が栄えた試しなし
もし待っている方がいらっしゃるならお待たせしました。
二章を投稿します。
豪奢な内装、高貴な芸術品。凡百の民ならひれ伏してしまいそうな輝きを放つ天界の一室で今まさに不義が暴かれようとしていた。
「違う! 私は何もしていない!」
その声はあまりにも見苦しい。彼の犯した罪はまさしく神をも恐れぬ所業だった。
「言い訳はやめなさい! ここに全ての証拠は揃っています!」
「燕さん! 貴方までそんなことを言うのか!? 私は何一つルールを破っていない!」
数人の局員が暴れる男を取り押さえている。だがこの悪人の虚言に惑わされるものなど一人もいない。なぜなら彼らは栄えある転生管理局の一員であり、事の真贋を見誤ることなど決してないからだ。
なおも罵詈雑言をまくしたてる男の目の前で重々しく扉が開かれる。そこに立つ人物こそ――
「百舌鳥支部長! 貴方からも何か言ってください! 私がどれだけ懸命に働いていたかはあなたが一番ご存知でしょう!?」
白々しくも重罪人翡翠は百舌鳥にさえ虚言を弄する。何たる悪漢。何たる厚顔無恥! 局員は強引にでもその口を閉じようとするが、百舌鳥が局員たちを制止し、翡翠に対してこう語りかけた。
「翡翠君。なぜこんなことをしたのかね?」
「は?」
「君がツボルクの原生生物を操作し、天候を操作して冬季を長引かせたのは疑いようもない事実だ。これは世界の均衡を守るべき我々にとっては重大な罪だ。だからこそ何故そんなことをしたのか、その理由が知りたい」
百舌鳥はあくまでも翡翠に悪意がないと信じているのだろう。部下への篤い信頼を感じて誰もが胸を打たれずにはいられなかった。
「あ、あんた何言ってんだよ」
「その通りです支部長。彼に同情の余地はありません」
だが燕の言葉に百舌鳥は首を振る。
「罪を犯した者は裁かねばならないが、その罪を繰り返さないためにも、その理由を知り、場合によっては減刑も考慮しなければならない」
いついかなる状況においても厳正ながらも慈悲深い百舌鳥はまさしく異世界管理局支部長に相応しい度量を示していた。
しかし翡翠は悪びれることなく唾をまき散らす。
「ふざけるな! なんで俺が罪人になっている!? 俺は無実だ!」
「いい加減にしなさい! 支部長が先ほど述べた犯罪行為は全て貴方のIDによって行われています。他人のIDは我々には使えない以上、あなたが犯罪を行ったのは明らかです!」
「だからそんなことしてねえって言ってんだろ!?」
管理局員のIDは厳重に管理されていて決して他人には使えない。ただし局長ならばその役職上全てのIDを管理運用することができるが、偉大なる管理局支部長百舌鳥が悪事を働くことなどありえないと誰もが確信している。
翡翠はなおも泣きわめいていたが、やがて職員に連行されていき、ひとまずこの支部の一室に拘留しておくと決めた。
「嘆かわしいことです。管理局員があのような暴挙を行うなどあってはならないことです」
「彼にもなにか事情があったのだろう。ところで――なぜ彼があんなことを行った理由はわからないんだね?」
「申し訳ありません。私の力不足です」
「いやいや。君を責めているわけじゃないよ。ツボルクだったかな。あの世界で何かがあればまず私に報告してくれたまえ」
「承知致しました。監査局へは通報しますか?」
監査局とは天界の各部署の動向を監視し、査察する権限を持つ部署だ。場合によっては他の局長を罷免する権限を持つ、まさに神の目とも呼ぶべき集団だ。後ろめたい事情があるならば彼らに目をつけられることをもっとも恐れるべきだろう。もちろん百舌鳥にそんなものはない。
「それには及ばないよ。冬季の拡大も均衡を乱したわけではないし、巨大な原生生物には彼女が対処した」
なお、あの晩ラーテルに殺された生物は百程度ではすまないし、冬の寒さに凍え死んだ生物は数えることなどできないはずだが、百舌鳥にとって、転生管理局にとっては"大した被害"にはならない。
これは百舌鳥のみならず転生管理局のごく一般的な見解だ。それはすなわち翡翠が糾弾されているのはルールを破ったことそのものであり、犠牲者を出したことではないことを意味する。
「支部長はこの事態を予測してあの転生者に強大な力を授けたのですか?」
この転生管理局地球支部において絶対の英知と権力をもつ百舌鳥は全てを見通す瞳でこう答えた。
「無論だとも。何か怪しい動きがあると初めからわかっていた」
百舌鳥は薄暗い部屋で他に誰もいないことを確認してコンソールに指を躍らせる。
「まさかあのクズ蟻が生き延びるとはな」
五人目の転生者が生き延びたことは百舌鳥の予想を大きく裏切った。おかげで翡翠の罪を告発しなければならなかった。
だからこそ今度は確実に始末しなければならない。そのためには百舌鳥個人ではなく転生管理局という組織によってあの五人目を始末する。そのためには燕をはじめとする局員に自発的な協力を仰がなければならないが、万が一知りすぎた局員は消えてもらうだけだ。
「ま、何をしても翡翠君のせいだけどね! 覚悟しろよゴミ蟻。すぐに消してやるからな」
管理局の局員が直接生物を殺害することは許されない。これは絶対の法則であるがゆえに、百舌鳥は間接的な手段をとらざるを得ない。例えば誰かに目標を殺させるか、環境を操作して特定の個人を狙わないようにする、などである。つまりどうしようとも複数人を巻き込むことになり、対象が強大であるほど被害も大きくなる。
一心不乱に策を練る百舌鳥は罪悪感など、感じてはいなかった。
この章のテーマは「性」と「愛」になります。
と言ってもいきなりラブコメになったりはしません。




