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59 銀世界

「運転手さん……?」

 少女は驚きを隠せずに問い返す。思わず飛び出したその言葉は日本語だ。

「うん。やっぱり君もあのバスに乗っていた転生者だね?」

 半ば確信を持った問いかけだったが返答はやや予想と異なっていた。

「えっと、バスには乗っていたはずですけど、転生者って何ですか?」

「君は神様にあって話を聞いたんだよね」

「ごめんなさい。おじいさんに話してもらったけどよくわからなくて」

 どうやら彼女は事情を全て理解していないようだ。

「君、もしかして小学生の女の子?」

「はい。今年で、じゃない、死んじゃった時は小学四年生でした」

 大体十才くらいだろうか。いつも同じ時刻にそれくらいの少女がバスに乗っていたことを思い出した。

「まず僕たちはバスの事故……なのかな。何かが原因で死んでしまったらしい。けど神様が転生させてくれた。ここまではわかるかな」

「転生って言うのは新しく生まれ変わるってことですよね?」

「そうだね。転生者は転生した人間のこと。地球に戻すのは都合が悪いからこの世界に転生することになったみたいだ」

「そういうことだったんですか」

 ようやく納得できたと首を縦に振る。今まで心細かったのかもしれない。

「でも、自分が転生者だってことは言わない方がいい。神様は無闇に他人に喋ってはいけないと言っていたし、この世界では間違いなく転生者は歓迎されないはずだ」

「よくわかりませんけど、誰にも言わない方がいいんですね?」

 もう少し時間があれば詳しく話すが、いつまでも司祭が待ってくれるとはかぎらない。

「何か聞きたいことはあるかい? 僕に答えられることなら答えるよ」

「あの、どうして私が転生者だってわかったんですか?」

「ここで熊が倒されたと聞いてね。強力な魔物を倒せるのは転生者しかいないと思ったんだ」

「転生者ならみんな熊を倒せるんですか?」

 転生小説の″お約束″を知っている人間なら大体そう予測するはずだが、そもそも彼女にはその手の知識そのものがないらしい。

「僕は無理だよ。神様が僕らを転生させるとき望みを聞いてきてね。僕は頭を良くしてほしいと願った。だから僕は二つの能力を貰ったんだ。一つは一度見たことを忘れない能力。もう一つは他人の嘘を見破る力だ」

 より正確には嘘を吐いた人間の顔が黒く塗りつぶされる能力であり、相手の顔を見て、声を聞いていなければ嘘を見抜くことはできない。それでも役に立つことは多い。先ほどの司祭との問答のように。

「さっきアグルさんの話が嘘じゃないとわかったのはその能力のおかげなんですか?」

「そうだね。だから僕は君が強さや力を願ってそれを神様が叶えてくれたと思っていたけど……君はその時の状況をよくわかっていなかったんだよね?」

 少女は考え込んでいた。表情が曇っているのは何か未練があるからだろうか。

「少しだけ思い出しました。私、なにか願いは無いかって聞かれて、お父さんとお母さんが仲良くなってほしいって言ったんです」

「それは……地球の?」

 少女は無言でうなずいた。その言葉と表情から彼女の家庭環境は恵まれていなかったことは想像に容易い。

「地球には戻れないって聞いていたはずなのに……馬鹿ですよね、私。それにこの世界でも親類はもうアグルさんだけですし、家族を仲良くするのは神様でも無理なのかな」

 事前に話を聞いたが、彼女の養い親と祖母は魔物との戦いで命を落としたらしい。彼女の境遇は地球でもこの世界でも悲劇に満ちている。あるいはそれを憐れんで強大な力を与えられたのかもしれない。

「ごめんね。もう少し早く君を見つけていたら協力できたかもしれないけど……」

 後悔の言葉を口にすると彼女はすぐに否定した。

「いえ、いいんです。今はもう寂しくありません。村のみんなは優しいし、サリやアグルさんも親のいない私にもよくしてくれます。今は村のみんなが家族みたいなものです」

 それでも彼女は悲嘆しない。そんな彼女だからこそきちんと話をしなければならない。

「それで、聞きたいんだけど……君は僕を恨んでないのかい?」

 意を決して話しかけると、きょとんとした表情で聞き返された。

「どうしてですか?」

「僕らの死因が何だったのか僕は覚えてない。もしも君がそれを覚えていて僕に原因があるとしたら、君たちには謝っても謝り切れない」

 乗客が全員死亡するような交通事故に運転手が関わっていない可能性は低い。なじられる覚悟はできているし、最悪殺されてもしょうがないとさえ思っていた。

「恨んでいませんよ。私も覚えていませんけど、事故だったとしてもどうしようもないことだったと思います。こんないい人が悪いことをするはずありません」

「本当に?」

「嘘……わかるんですよね」

 にっこりと大輪の花が咲くように微笑む。きっと何の力がなくとも真実を話していることを疑わないだろう。

「ありがとう」

 心からの感謝を。少しだけ救われた気がする。照れ隠しでもするように話しかける。

「でも君も死ぬ直前の記憶は曖昧なんだね」

「はい。それと日本の記憶がはっきりと戻ったのは熊と戦う直前でそれまではあまり実感がありませんでした」

「僕も似たようなものかな。大司祭の説法を聞いているときに突然思い出した。ああそうだ。神様は世界の均衡を乱してはいけないとも言っていたよ」

「どういう意味でしょうか?」

「平和を守らなくてはいけない、という意味だと思うよ」

「そうですね。平和が一番です」

 その笑顔に陰りはない。どうやら自分は考えすぎだったらしい。

「もし君が生活に苦しんでいるんだったら僕のところで面倒を見てもらうつもりだったけど、その必要はなさそうだね」

「はい! 村のみんなで力を合わせれば、きっと冬だって乗り越えることができます! でも、お気持ちはとてもうれしいです、ええと」

「そういえばまだ名前を名乗っていなかったね」

 初めて会う人間がまず最初にすることを行っていなかった。驚いていたし、2人きりだからお互いを区別する必要がなかった。だからわざわざ名乗る必要なんてなかった。

「僕はタスト。タスト・ヌイ・ルファイ。日本では藤本雄二だったよ」

「私はファティ。ファティ・トゥーハです。苗字は村の名前を名乗るみたいです。日本では林奈夕という名前でした」

 握手を交わす。それはこの世界では行われない動作であり、二人が異邦人である証だった。

「そういえば他の転生者の方はどうしているんですか? 他に会った人はいますか?」

「君が初めてだよ。どこで何をしているかはわからない。けど会って話をしないといけないから探すつもりだよ。ああでも人数だけなら神様から聞いている」


「僕たちを含めて"4人″だ」




「お話はすみましたか」

 司祭はかなり御冠らしい。長い付き合いではないがそれくらいはわかる。ファティは農作業の手伝いに行ったようだ。

「はい。わがままを聞いていただいて感謝します」

 まだここに残っていたアグルに声をかける。

「アグルさん。ファティさんはいい人ですね。大事にしてください」

「もちろんです御子様。彼女は私の宝です」

 トラムから見たその顔は黒さなどみじんも存在しない。彼は実際に()()を宝だと思っていた。

(嘘を吐いてないみたいだ。この人は信頼できそうかな)

 タストの能力は嘘を見抜く能力であって思考を見抜く能力ではない。対象が嘘を真実だと思い込んでいる場合は効果を発揮せず、嘘を吐かずに人を騙すことに長ける人間にも効果は薄れる。彼はまだそれに気づいていない。


 御子が村長宅を宿として泊まるため、自宅を辞したアグルは先ほどの会話を反芻する。

(どうやら御子は銀髪が大層お気に召したらしい)

 銀髪に男を口説くほどの器用さを求めるつもりはなかったが、意外にもそういう才能があったようだ。

 兄さんの理想を叶えるためのもっとも確実な手段は銀髪が教皇になり、それからこの不平等な世界を改革することだ。そのためには教皇が銀髪の親になってもらうのが一番手っ取り早い。つまりルファイ家に銀髪が迎え入れられ、大司教、やがては教皇になる。その銀髪を自分自身が操ればいい。

 教皇は世襲ではないとはいえここ百年で教皇になったのは、ルファイ家がもっとも多い。媚びを売らせて損はない。あの御子にも兄の理想に共鳴してもらえると話が早い。ありがたいことにあれはそこそこ頭がいいらしく、だからこそこの国の不平等に疑問を持つはずだ。しかし女どもは必ず出る杭を打つ。

(そこに手を差し伸べれば奴も兄さんの理想に賛同するに違いない)


 表の顔は和やかに。胸中は黒く静かに。野望はゆっくりと根を張る。

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うちの猫は液体です 新作です。時間があれば読んでみてください。
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