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49 灯火を掲げろ

 太陽を背にラーテルは悠々と歩を進める。足取りはゆったりと余裕に満ちていた。

 凶悪な外見と時折のぞかせる犬歯は怪物と呼ぶに相応しい。夕日のせいだろうか。背中が燃えているように見える。これからそれを現実にしなければならない。

 幸いにも奴には辛生姜の魔法は有効だ。最初に襲われたときに放った辛生姜の矢が当たったのだろう。右肩辺りにピンク色の光がうっすらと見える。

 ただしラーテルのサイズが大きすぎるせいでごく一部しか硬化を解除できていないようだ。ないよりましだと思うしかない。


「遂に来たか」

 そしてラーテルは果樹園に辿り着いた。当然ながら渋リンの土棘など何の役にも立っていない。鼻を鳴らし、臭いを嗅いだ後、樹に生っている渋リンを一飲みにした。

 だがすぐに毒でも食べたかのように渋リンを吐き出した。

 そうだろうな。渋リンは生じゃ食えたもんじゃない。でもな、必死で育てた果実で、ちゃんと加工すれば美味くなる食べ物なんだ。

 そいつを土足で上がり込んだ挙句に不味いから吐き出すだと!?

「盗人猛々しいにも程があるだろう! 投石機、撃て!」

 放たれるいくつもの大岩。ラーテルがどの方角から来るかはおおよそわかっていたためその進路上に投石機を設置するのはそれほど難しいことじゃなかった。間に合ったのは蟻たちの努力の賜物だし、一定の距離しか飛ばせない投石機が当たるかどうかはほぼ運しだいだった。

 ……運はあった。足りなかったのは威力だ。

 偶然一つだけ当たった投石はラーテルの背中に命中したが、傷一つついた様子はない。これが最強。これが暴力。

 それでもプライドを傷つけられたのか投石機へと突進を始めた。土の棘も歩道橋も何もかもを消し飛ばし、土石流のように全てを呑み込んでいく。

「まだ攻撃するなよ」

 蟻にも、蜘蛛にも、最後の念押しをする。ここで伏兵がバレれば作戦が全て水泡に帰す。まず最初にラーテルに攻撃させなければならない。

 時間としては一瞬、けれどずっと永くに感じられる。ラーテルは望み通り投石機、そして周囲に存在した蟻、そのすべてを薙ぎ払った。――――シードルが入った壺も含めて。

 ぶちまけられる酒。それによってラーテルの毛はぐっしょりと濡れた。

 さっきも言った通り、ラーテルにただ火矢を射掛けても燃えるかどうかはわからない。だが予め引火性のアルコールで毛を濡らしておけばどうなるか。わずかでも火に触れれば一気に引火する。

 後は火を点けるだけだ!

「火矢を射ろ!」

 今ある弓でありったけの矢を放つ。ラーテルが陽動にのったおかげで両翼包囲という絶好の陣形で攻撃できた。

 それでも――奴を捉えることはできない。ほとんどの矢は空を切り、当たった火矢も

 燃え移りはしなかった。矢は知っていてもアルコールの引火性を知りはしないだろう。だが自分が誘い込まれたことと、シードルが何か危険な液体であると予測したのかもしれない。信じがたい速度で飛び退いた。

 いや――それだけじゃない。ラーテルは真後ろには向かわず、つまり逃げ出さずに包囲の右端へと向かっている。端から順に殺すつもりだろう。ただ単に強いだけなら目の前にいる敵を闇雲に屠るだけだ。そうはせずに敵をもっとも効率よく皆殺しにする方法を冷静に着実に選択する。あれほどの力を持ちながら驚くべき知性だ。

 だが運勝負ならオレの勝ちだ。そこには今回限りの助っ人がいる。右翼か左翼に襲撃、あるいは中央突破を図るとは思っていた。でも、本気で走っているラーテルに追いつくのは不可能な以上、蜘蛛はどこかに配置するしかない。右翼に配置した理由は強いていうのなら、今右肩は辛生姜の魔法によって動かしづらいなら、左手で攻撃するから右翼からの方が攻めやすいかと思っただけ。

 要するに大した根拠はない。そして後は蜘蛛次第だ。

「頼むぞ!」


 予め張り巡らされた糸を利用して樹と橋の隙間を縫うように音も無く駆ける。矢や投石といった弧を描く飛び道具に慣れていたこともあるのだろう。ラーテルは蜘蛛に気付くことができなかった。

 蜘蛛の糸に括りつけられた火を、

「我が同胞の無念―――受け取れ」

 報いの炎を解き放った。

 希望の火は灯った。


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うちの猫は液体です 新作です。時間があれば読んでみてください。
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