479 サンダーボルト
アベルの民が重苦しい雲の向こうに消えてから数分後。クワイの部隊が前進を開始した。
いつも以上に目を血走らせ、獲物はどこだとばかりに歩を進める。予定通りの行動なのだろう。それに対してこちらも砲撃を放つ。
一軍を一瞬で屠る弾丸の群れを黒い巨人がせき止める。
「ついに出したか。砲撃中止。対巨人戦闘準備」
物理攻撃に対して完全に無敵の防御力を誇る巨人だが、攻略方法は前年に編み出している。そして、今年は去年よりもはるかに楽だ。
何しろ巨人は地面を這うような態勢で、しかもクワイの国民を庇っている。あれじゃあ巨人は自由に動けない。
クワイの国民は総勢で三十万人ほど。いまだにたいした数ではあるけど、数だけだ。科学兵器を発達させたオレたちにとってもはやただの動く的でしかない。
つまり途轍もない足手まとい。本来ならタスト辺りが適当に切り捨てる予定だったのだろう。
「美月も久斗もうまくやっておるようじゃな」
「そうだな。銀髪に国民を庇わせる作戦はうまくいった」
千尋のつぶやきに応える。これもまた作戦だ。黒い巨人は厄介だが、それを操っている銀髪はアホだ。ちょこっと美月に誘導させるとさっさと切り捨てるべき国民を守るという暴挙に出た。
これにより巨人は鉄壁の動く城から鈍重な的になり下がった。
しかもクワイ国民は一か所に固まらず、今にも突撃するための陣形を組んでいる。このおかげで巨人をめいいっぱい広げなければならず、銀髪の負担になっているらしい。
スパイがいると本当に楽だ。敵の作戦まで操れるようになるとは。……銀髪がアホすぎるだけな気もするけど。
ともあれ、巨人を攻略するだけならどうとでもなる。銀髪だけが相手なら。
突如として稲妻のような轟音と閃光が城壁の上に炸裂する。それは兵器と兵士を纏めて吹き飛ばした。
「砲撃か! どこからだ!?」
「不明――――」
七海の状況報告が言い終わる前に新たな閃光がまた目を灼く。
弾速が速すぎるせいで弾道予測ができない。しかしそうこうしているうちに二発、三発と攻撃が繰り返される。
とはいえ何度も攻撃が来ればおおよその位置はわかる。これはどう見てもアベルの民のレールガンだ。となれば上空からの攻撃に違いない。
「空からの攻撃のはずだ! 視界が悪いはずだけど空に何か違和感はないか!?」
激しい風雨に負けず目を凝らす。そして南西の空に、その彼方に、巨大な入道雲を見つけた。あそこにアベルの民がいる。何故分かったか。簡単だ。
砲撃のたびに入道雲に切れ目のような隙間が次々と刻まれていたからだ。
「あいつら雲の中から砲撃してんのか!? いや、いったいどんな威力だよ!」
雲の高さは少なくみても五千メートル。そこから水平距離も加味すればおおよそ六キロは離れているはずだ。
重力に逆らっていないとはいえこの威力。今までより明らかに威力が高すぎる。手加減していたのか?
いや……もしも、この悪天候、そして南西に向かったこと。それらの要因が威力を底上げしているとしたら?
遠くに雷音が響いた気がした。
「っ! ああそうか! 七海! 敵の砲撃のからくりがわかった! あいつら雷のエネルギーを利用してる!」
「承知。しかし対策は?」
「ねえ! 雷雲を吹っ飛ばす方法なんて存在しないからな! 予定通りの作戦でいく!」
説明するまでもないだろうが、自然のエネルギーは膨大だ。概算すると雷一発で。日本で一日に使用される電力の全てを上回るらしい。
そのエネルギーを一部とはいえ使用できるとすれば小国一つをそのまま相手にすることに等しい。多分、今日ここに軍隊がついたのは偶然じゃない。何らかの方法で天気を予想し、この雷雨の日を戦いに挑んだのだろう。もしかするとオレたちが油断することさえ計算していたのかもしれない。
いやはや恐ろしい技術、知識、戦術眼だ。
嵐のさなか高度を悠々と維持する飛行力。無尽蔵の弾丸。膨大なエネルギー。
もしかしたらアベルの民は地球の十九世紀までの軍隊なら一体だけで全滅させてしまうかもしれない。それほどまでにでたらめだ。
ただし。
二十世紀からの軍隊に通用するとは限らない。
二度の大戦を経て地球では急速にある兵器が発達した。それこそがそれまでとそれからの戦争を大きく変えた兵器。
航空機!
「スカラベ! 準備は!?」
「んだ。できてるだよ」
「そんじゃ、フォークト隊出撃!」
「「「コッコー」」」
パイロットであるカッコウたちに従い、スカラベの魔法によって回転させられたプロペラが風を巻き起こす。徐々に加速したそれらは滑走路を勢いよく駆け抜け、曇天渦巻く空に向けて飛び立った。
飛行機。
より正確にはプロペラ機型飛行機が飛び立った。




