478 空よりも海よりも青く
クワイの軍勢がかつてスーサンと呼ばれた場所に近づき、決戦の空気が漂っていたころ。
オレはかつてないほど……余裕だった。いやだって別に負けていいもん。この状況なら美月と久斗がクワイをぐちゃぐちゃにするのはたやすい。
仮に銀髪がアベルの民の国に行ってもあの二人がどうにかしてくれる。
クワイよりもむしろそれ以外の横やりが面倒だ。特に最近不気味な沈黙を保っている管理局が不安だ。
そして現実的な脅威であるはずのアベルの民の対策は七海に任せてあった。進捗はどうだろうか。
「委細承知。援軍の受け入れ、新兵器の運用、抜かりなし」
敵の行軍ペースは決して早くない。あれだけの大人数としては決して遅くはなかったかもしれないけれど、こっちの援軍は長距離の移動が得意な奴が多いし、デファイ・アントや象も運用しているから一人の脱落者も出さずに迅速に移動できた。イージーモードすぎて調子が狂うくらいだ。遅れているのは遊牧民たちだけで、あいつらはいなくてもいいだろう。
結局早くつきすぎてしまって訓練をする時間があったくらいだ。万全の体制が整っていると断言してよい。
だが、どうにもならない問題もある。
「天気がどうにもな」
「承知。明日以降大雨の様子」
魔物の中には天気の変化に敏感な種族もいるので、そいつらに天気予報士の役職を与えるとそこそこいい精度で明日明後日の天気を当ててくれる。
戦争にせよ農業にせよ天候を予想できる利点は計り知れない。……まあ今日の空模様で明日の朝に快晴になるとは予想しづらいだろうな。それくらいは向こうもわかるだろう。
「明日攻めてくるかどうかだな」
「承知。利点も欠点もあるので予測困難」
天気が悪いと当然ながら射撃の精度は落ちる。近接オンリーの銀髪はともかく射撃がメインのオレたちとアベルの民は厳しい。
さらに飛行も難しい。アベルの民の飛行能力がどの程度なのかはわからないけど、飛行船と同じような原理で飛んでいるならほとんど飛行不可能になる。
銀髪を主力とみなすなら攻めてくる。アベルの民を主力とするなら待機。
ざっくり分ければそんな感じか。オレたちの目標はアベルの民だ。奴さえ倒せばもう敵はいない。敵が攻めてくるなら上手いことアベルの民を狙い打てれば最高だ。
「まずは様子見かな。どっちの展開にも備えておくぞ。美月と久斗によると奴らも迷っているみたいだからな」
「承知」
雨は予想通り強まり、鉛色の空から重い雨と鈍い雷音が響きだした。
スーサンの主要都市だった場所は大幅に城壁などが強化されており、さらに銀髪やアベルの民の高火力に対応するための工夫も様々に凝らしてある。
実のところこの要塞を攻撃する利点はあまりない。補給線の確保や物資の略奪を狙っていない限り無視してアベルの民の国に向かった方がよい。が、それをさせないためにすでに手は打たれていた。
美月と久斗がファティに対してあの要塞は攻めた方がよいと考えるように思考を誘導し、さらには一般の国民にもそう思わせるように噂を流してある。民意と王の意見が一致しているのだから躊躇う理由はどこにもない。アグルやタストたちがどれほど尽力しても要塞攻めを行うという結論を覆すことはできなかった。アベルの民がどう出るかは不鮮明だったものの、特に反対はしなかった。
ただし、要塞攻めを行う直前に単独行動をとるとだけ言い残してほんの少し前から姿を消していた。
もちろん今回の主目的であるアベルの民を見逃すわけにはいかず、エミシによる監視は続いていたのだが、天候の著しい悪化により、追跡すら困難になっていた。
「和香! アベルの民は!?」
「コッコー。現在地不明。要塞の南の空から西に向かっていたのを目撃したのが最後です」
吹きすさぶ風にも負けずカッコウたちは良くアベルの民を監視していたが、それにも限度がある。
だが藍色の飛行物体は暴風雨にも負けず、すいすいと淀んだ空を飛んでいったらしい。アベルの民の飛行能力は予想よりもかなり高かったようだ。
厄介なことになった。なったのだけど……。
「あいつら、何でわざわざ西に向かってるんだ?」
西は奴らの最終目的地で、そこまでクワイの連中を運ばなければならないはずだ。
「コッコー。自国に逃亡するつもりなのでは?」
「流石にここまで来てそんなことはしないだろ」
ここまでせっかく苦労して連れてきたクワイを今更見捨てるとは思えない。まさかとは思うけどオレたちの狙いが自分だと気づいて逃げた? そんなタマじゃない気がするな。
今まで順調に進んでいた作戦が敵の機転によって崩壊する。今までに何度もあったことだ。
「負けてもいいとは言ったけど……だからといって手をこまねくのは嫌だな」
雨と、雲の隙間から奇怪な青い体が今にも飛び出してくる気がした。




