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47 奇妙な共闘

 蟻達が陽動を仕掛け、一時は別方向に進路をとったかに思えたが―――

「くそ! こっちに近づいてきてる!」

 ラーテルには探知能力が通じないけど、木をなぎ倒しながら歩いているためおおよその位置はわかる。魔法を使った際に発生する光は青いのでアクアマリンか何かか?

 いや、アクアマリンには珪素が含まれていたはず。まったく探知ができないから別の宝石を持っているはずだ。

 恐らくミツオシエはラーテルに対して極めて有効な通信能力を持っていて、オレたちには単なる叫びにしか聞こえないテレパシーに多くの意味を込めることができたに違いない。そうでなければほぼ一直線に向かっている理由に説明がつかない。

 そもそもあんな奴どこにいたんだ? 冬眠ではなく夏眠でもしてたのか? あんなの見たことも聞いたことも――あるじゃねえか畜生。

 間違いない。前女王と前蜘蛛の巣をやった奴だ。それ以外に考えられない。ありゃ無理だ。あんな奴は百人いようが千人いようがどうあがいたって勝てない。奴が蟻と蜘蛛を滅ぼした後でどこかに行ったのか、それとも何らかの方法で眠っていたのかはわからないけど、今再び姿を現した。


 ぱちんと頬を叩く。そうじゃない。かつてどうだったのかは後でじっくり考えればいい。重要なのは今どうするかだ。考える時間はまだある。

 幸い奴は足が速くない。より正確には普段から全力で走ることができない。その巨体故にうっそうと樹木が茂った森では障害物が多すぎる。多分、邪魔な木を分解しなければまともに身動きが取れない。その気になればもっと木を分解しながら早く動けるが魔法を乱発しないと、足が取られるはずだ。流石に腕力だけで大木は折れないし、魔法の限界はある……と思いたい。

 たまに休んだりしているのもこちらにとってありがたい。何とか外に出た蟻達とは合流できそうだけど、第二の巣から応援を呼ぶのは無理だ。つまり今この巣にいる蟻でどうするか決めなければならない。


 まず逃げられるかどうか。普段の速度は遅いといっても蟻に比べれば速い。何しろサイズが違うから一歩の大きさが違う。

 少なくとも女王蟻のオレよりはよっぽど速い。見つからずに抜け出せば……いやミツオシエが本当にあの一匹だけとは限らない。奴の探知能力はラーテルの魔法以上に謎が多い。数十匹のミツオシエがいれば間違いなく見つかる。

 結論、逃げるのも十分リスクが高い。


 なら戦うか? あれと? 勝てるのか?

 今まで戦ってきた魔物とは別次元の強さを誇るがそれ以上に不味い事実がある。ラーテルの魔法は蟻の魔法と致命的なまでに相性が悪いことだ。

 蟻はコンクリート並みの強度を誇る土の壁を作成できる。その岩に囲まれた巣はまさに金城鉄壁だろう。それでも分解の魔法は時間さえあれば巣を破壊できるはずだ。しかもラーテルの別名は蜜穴熊で、穴を掘るのも得意だったはずだ。

 あれ?

 手が震えてきた?それだけじゃない。体全体が震えている。

 ヤシガニの時もそうだったがそれ以上だ。オレは今本当の意味で、本気で死の恐怖を感じているらしい。


 今までの敵はどんなに攻撃しても地中にある巣そのものは壊せなかった。だからもしかしたら死ぬかもしれない、とか、このままなら飢え死ぬかもしれないとは思っていた。そんなものは子供だましでしかない。

 もうこの巣の安全神話は崩れた。これが本当の恐怖。今ある、確実に迫っているラーテルへの恐怖。画面の向こうでも、文字の行間にも、舞台の中にも存在しない。

 最前線の兵隊は妙に明るくふるまうって聞いたことがあるけど、今ならその気持ちがわかる。こんなもん素面で感じたらそれこそおかしくなる。逆か? おかしくならなければまともではいられない。

 矛盾している。自分で自分の頭の中がわからない。

 やるしかないのはわかっている。でも勝てるのか? 蟻達だけで?


 ……ああ。

 なんだ。

 ようやく思い出した。

 この巣には蟻以外の戦力がまだあるじゃないか。

 手段を選んでいる状況じゃない。ただしできうる限り自発的に協力してもらいたい。


 地下牢。今は騒がしい蟻の巣の内部でほぼ唯一静寂を保つ場所だ。ここにいるたった一人の魔物に用がある。

「よう。変わりないか?」

「………何かあったようじゃな」

 あっさりバレた。オレの声色から何かを察したのか、テレパシーでは焦りや緊張が伝わりやすいのか、いずれにせよ良いとは言えないスタートだ。こいつがシリアスモードなことからも何か起こっているのはとっくにバレているのかもしれない。……単に腹が減っただけなのかもしれないが。

「ラーテル……恐らくお前の巣を壊してお前の仲間を殺した奴がきた」

「……」

 蜘蛛は黙して語らない。やはりこいつは何か隠しており、その内容も推測できる。それらを利用してこいつを戦場に引っ張り出す。リスクは高いけどこいつは以前の巣や、家族たちにかなりの愛着を持っていようだから、ラーテルを倒したいと思っている可能性は高い。

「逃げるっていう手もあるが、オレは戦うことにした。この巣を失うのは痛い」

 半分本当で半分嘘だ。この巣よりオレの命が大事なのは黙っておく。

「お前も一緒に戦わないか? 仇をとるチャンスだぞ?」

 言葉はなるべくシンプルに。相手に伝わりやすい方がいい。その方が相手の琴線に触れやすいはずだ。きっと奴も罪悪感を抱えているから。

「……なるほど。そうやって妾を戦わせようという魂胆か。つくづく小物よのう」

 色々と考えていたのが馬鹿らしくなるほど全ての魂胆は露見した。オレの説得が下手すぎるのか、蜘蛛が鋭いのか。人を騙すって難しいんだな。地球の詐欺師やカルト宗教のようには上手くいかないらしい。

 もう開き直った方がよさそうだ。

「その通りだな。お前が戦えば勝率は上がる。お前は後悔を晴らせる。逃げたんだろ? お前」

 作戦変更。こいつのプライドを挑発するような喋り方にしよう。

「…………」

 蜘蛛はやはり黙ったままだ。別に難しくはない。こいつらは嘘を吐けない。それゆえに話したくないことは黙るしかない。

 以前何故無事だったかを尋ねた時、こいつは黙った。ならば無事だった理由を話したくないということ。散々自分たちの偉大さを説いた後に強敵と戦わずに逃げ出したとは言いづらいだろう。この反応を見る限り見当外れではないらしい。

「このままじゃ家族に顔向けできないだろ?チャンスじゃないか。ここであいつを倒せばシレーナも喜ぶんじゃないか?」

 蜘蛛はしばしその口を閉じていたがやがて口を開いた。

「断る。妾は誰の下にもつかん」

 チッ、駄目か。無駄な時間を過ごした――

「だからこそ妾自身が決めよう。妾を家族を滅ぼした敵へと連れていけ」

「服従じゃなく、共闘ならいいってことか?」

「そうだ」

 プライドの高い蜘蛛らしい発言だが、どの程度信用できるものか。嘘を吐くのが苦手とはいえ直前で心変わりすることもありえる。ちゃんと覚悟のほどを問いただした方がよさそうだ。

「そうは言ってもお前逃げたんだろ? 今度は――」

「逃げたのではない。……辿り着くことができなかっただけだ」

「似たようなものだろ。なら何で今回は戦おうとするんだ?」

 蜘蛛は呆れたように、あるいは憤るかのようにこう言った。


「決まっておろう。負けたままではおられん」


 なるほど。それは確かに嫌だ。オレにも納得できる理由だ。もしも誇りのためだとか神のためだと言い出せば信用できなかったかもしれない。命を懸ける理由になるかと聞かれれば首を捻らざるをえないけどまあ戦う理由としてはありだ。

「それじゃ、いっちょやるか」

 こうして、初めて他の動物と協力した戦いは始まった。残された時間は多くない。


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うちの猫は液体です 新作です。時間があれば読んでみてください。
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