469 お気に召さぬなら
「さあて、首尾は上々だな」
こっそり銀髪と久斗を監視させていた蟻からの報告を聞く。久斗は予想以上の働きをしてくれていた。
銀髪の悩み苦しむ表情が見られただけでも満足だ。いやあ愉快愉快。
「ねーねー。結局紫水は何がしたいの~?」
満腹でご機嫌な千尋が不思議そうに聞いてくる。こいつには一応説明しておくか。
「銀髪を精神的に孤立させたいんだよ。いや、最初から孤立気味ではあったけど、それを確定させたいんだ」
銀髪の強さはこの世界においてずば抜けており、その魔法、肉体ともに不滅に近い。しかしその精神は地球のガキに過ぎない。それどころかお花畑が満載の幸せな脳みそだ。
だからこそ、脆弱極まりない。農薬をぱらぱらと撒くだけで枯れ果てるように。
多分、タストたちはそれを理解している。クワイが守るに値する国家だと思い込ませたがっている。
クワイの民は善良だが、だからといって地球人の価値観からしても善良でないことを示せばおのずと奴の心中はクワイから離れる。
これもまた一種の離間の計だ。普通君主を追い落とすには民の君主に対する評価を下げる。が、このクワイでは銀髪への評価はもう完成されて下げようがない。だが、銀髪の民への評価は未だ不安定だ。そこに隙がある。
「ふ~ん? じゃああの銀髪を孤立させてから取り込むつもり~?」
「……ま、理想はそれだな」
完全にこちらになびかせるよりも、アベルの民と相打ちになってくれるのが理想だ。虫が良すぎる話だけどな。
「私はあれと仲良くしたくはないな~?」
「……あいつとは色々あったからな」
小春、風子、戦士長、翼……あいつが殺してきたオレたちの味方はあまりにも多い。それを一番共有してきたのは間違いなく千尋だろう。オレだって手放しで奴を味方として歓迎できる気はしない。
「じゃあこう考えよう。あいつを徹底的にこき使ってボロ雑巾のように捨ててやればいい。それなら良心は痛まないだろう?」
「ふうん? ホントにそれだけ?」
「あん? どういう意味?」
「ん~……まあいいんじゃないかな」
???
どうにも歯切れの悪い千尋だったけど納得はしてくれているようだ。
大真面目に武力で攻めるより損害は少ないはずだ。ヒトモドキに対してこういう搦手のめどが立ってるからこそアベルの民がどうにも邪魔なんだよなあ。
美月もアベルの民についてはまだわかってないことの方が多いみたいだしなあ。もうしばらく待ってみるか。
クワイの陣営は数日に一度は魔物に襲われていたが、その意気は全く衰えなかった。すべての魔物は銀の聖女によって完膚なきまでに叩きのめされていたからだ。クワイの民の多くは銀の聖女の目覚ましい活躍に歓喜していた。ごく一部の賢人は明らかにアベルの民がいない時を狙っていること、まるで気の抜けたような攻撃であることに気付いていたが、その意図までは読めていなかった。
なお、ファティ本人は自身が圧倒的に強すぎるがゆえに敵戦力の大小に途轍もなく無頓着だった。
「久しぶりだねファティさん」
「お久しぶりですタストさん」
ファティとタストはおおよそ二十日ぶりに顔を合わせた。単純な時間の流れよりも、状況の激変が久しぶりという言葉を強調させていた。
「忙しくさせてごめんね」
「いえ、皆さんが大変なのはわかっていますから……」
それは単なる憶測ではない。タストの見た目は以前見かけた時よりもげっそりとやせ細っていた。それだけならまだいい。いや、よくはないのだが……健康面の悪化に反比例するようにタストの口調と眼光に光が戻っているように感じられていた。
その不安定さがファティに安易な質問を躊躇わせていた。
「何とかアベルの民の住む場所まで無事にたどり着かないとね」
「そうですね……あの……」
しかし勇気を振り絞り、先日の男性と少年のやりとりを尋ねようとする。
何故、この国の人々は失敗した人を厳しく、あまりにも厳しく咎めるのか。何故、自分だけが例外なのか。
彼ならばその答えを知っているような気がしたが……。
「ん? 何だい?」
そのあまりにもにこやかな様子が逆にファティを拒絶しているように見えてならなかった。いい加減、タストにも、恐らくはその他すべての人々と断崖が横たわっていることに無自覚ではいられなかった。
「いえ、その、あの巨人は使わなくていいんですか?」
結局別の質問が口から出たが、それも常々考えていたことだった。去年やったように巨人で人々を運べば誰も傷つかずに済むのではないか。
「ううん。まだ早いよ。あれは長い間出し続けられないからあまり被害が出ていない今使うわけにはいかない」
にこにこと、タストとしては当然の論理で単純な言葉を口にした。
ファティは心の中の恐怖を必死で押し殺していた。タストは今こう言ったのだ。数百人の被害が出ていたとしてもそれは大した被害ではないと。
クワイの常識としては当然だ。しかし地球では数百人が死亡するなど間違いなく大ごとだろう。
それはつまり、タストはクワイの常識に組み込まれつつあり、ファティは未だ常識を知らないことを示していた。
「そうですか……」
「うん。だからもしも魔物が襲ってきたら対処してくれないかい?」
はい、そう消え入りそうな声で返事した。




