457 空の青さを知る
夕焼けに染められた城壁に、一筋の光芒が奔る。
電流によって加速された金属を射出するレールガン、その一撃は城壁を穿ちこそしたが、完全な破壊には至らない。
反撃として火薬によって射出された弾丸が敵――――西方からやってきた西藍を襲う。
高所の有利を活かした弾丸はあっさり敵の陣を崩し、蜘蛛の子を散らすように西藍たちは逃げていった。
その数百メートル先の林道。
城壁攻めを陽動として、部隊が通れる程度に整備された道を密かに進むのは西藍。
ここから侵入するつもりなのだろう。だが、それも読まれている。道に敷設されたバリケードに阻まれ、うろたえている敵をクロスボウで撃ち抜く。
春を過ぎてから何度か行われた 西藍との攻防はまたしてもこちらの勝利で終わった。
「よくやった七海。やっぱりお前を派遣して正解だった」
「感謝します」
七海は建築はもちろん、兵隊の指揮でも十分な実力と実績を重ねていた。空のように前線に出て敵を駆逐するタイプの指揮官ではなく、敵の行動を予測し、あらかじめ備えておく防衛向きで堅実な戦をしてくれる。
敵があまりにも強すぎない限り負けないだろう。
「西藍の動向には注意を払え。少しでもおかしなところがあればすぐにこっちに伝えてくれて構わない」
「承知。万一の場合の逃走経路は確保してあります」
「よろしい」
これも七海の優れた資質の一つなのだけれど、常に負けた場合の想定をしている。戦いというのは勝利した場面を想像することはたやすいのだけれど、敗北した場面を想定して打開策を実行するのは難しい。
それを教えられたわけでもなく当然のように備えておくのは素晴らしい。仮に負けたとしても大負けすることはないだろう。
西方の脅威も七海が見張っている限り、異変はなさそうだった。
だが、それは恐らく敵も想定していたのだろう。
西藍は七海を完全に無視する策を用意していた。
それを見つけたのは偶然だった。
去年クワイが海から侵攻してきたため、さらにクマムシの発生を監視するために海岸線に戦力を重点的に配置していたのも要因の一つだろう。
海から来る可能性を考慮はしていたのだ。しかし、これは予想していなかった。
「まさか空から来るとはな」
春先の肌寒い空気にさらされる海岸。その南の空には藍色の楕円形の球体が漂っている。より正確にはゆっくりと近づいている。
あれを敵勢力でないと断定するほどお気楽ではない。
恐らく通常の飛行船と原理は同じだろう。軽い気体、恐らくは水素を球体に詰めて浮力を確保し、何らかの方法で推進力を得る。
魔法で動かしているのだろうけど、あの球体は間違いなく通常の気球よりも巨大だ。生半可な魔法ではないだろう。
「それで? 攻撃しますの?」
海岸の監視を担当している瑞江が珍しく積極的な意見を出す。
「できればそうしたいところだけどな。届かないだろ」
雲のように漂う飛行船には攻撃する手段がほとんどない。長距離用の大砲もあるけれど、遥か天空を攻撃するには適さない。高射砲のような改造を施せばもしかしたらいけるかもしれないけれど、敵だってそのくらい想定しているはずだ。
それにしても、あの飛行船はオレたちのパクリか? それとも自力で思いついたのか? 後者だとすれば素晴らしい反面恐ろしいな。
しばし熟考する。それはあの飛行船があくまでも輸送船であり、戦闘機ではないという認識からだった。
だが。
それはエミシの、同時に地球の常識である。
オレンジ色の光が藍色の飛行船で煌めく。
次の瞬間には海岸に駐屯していた部隊の一部に風穴があき、それに遅れて稲妻のような音が轟いた。
「――――散開! 遮蔽物に隠れつつ後退!」
一瞬遅れて指示を出し、兵隊はそれに従う。
「あれがレールガンというやつですの!?」
「そうだ! けど、あれ、明らかに今までとは威力が段違いだ!」
弾丸の到達よりも発砲音が遅れていた。それはつまり音速よりも速い弾丸だったということ。
(つーかあれ、水素を搭載してるはずだろ!? 引火が怖くないのか!?)
ご存じの通り、初期の飛行船に搭載されている水素は非常に軽いが引火性が強い。レールガンなんぞ撃てばいつ炎上するのかわかったもんじゃない。
絶対に誤作動しない自信があるのか、ヘリウムのように反応性の低い気体なのか……いずれにせよ予想外だ。あの飛行船は間違いなく攻撃能力を備えている。
その間にも光の矢が奔り、味方を串刺しにする。しかしこちらの避難も早い。何故ならこれは飛行船から撃たれる以外は予想された事態だからだ。
敵が科学兵器を用いるのなら、いずれ火力が向上し、要塞や密集戦術が意味をなさなくなる時が来る。そのため散兵、ゲリラ戦の訓練も積んでいた。
すぐに逃げ出すことに成功し、被害を最小限に抑える。
やがてレールガンの掃射は止んだ。
ゆっくりと海岸に近づいた飛行船は徐々に高度を落とし、やがて海上に着水した。




