455 身から出た災い
「そもそもクマムシが何故大量発生したと思う?」
「……考えたこともなかった」
タストからしてみればクマムシはオレたちが操っているもので、超常的な方法で操っているのだからその数もまた何かの詐術によって増えているに違いないと思い込んでいたのか。
しかしクマムシだって一応生物なのだから何の理由もなく大発生はしない。
「オレだって確信があるわけじゃないけど、クマムシが増えた原因は恐らくクマムシを捕食する天敵の数が少なくなったせいだ」
「……それがどうしたんだい?」
「その天敵が何故少なくなったと思う?」
「わかるはずないだろう。クマムシはもともと海の生物だろう? 僕らが関わっているわけ――――」
タストはそこで口をつぐむ。心当たりにたどり着いたようだ。
そう。去年クワイは海に進出している。そして当然、海の魔物と何度も交戦している。
「あんたたちは馬鹿でかい海の魔物と戦い、辺りにそいつらがいなくなったことまではわかってる。なあ、あんたたちはいったい何度海で戦って、どれくらい魔物を殺したんだ?」
少し間をおいて、ようやく返答を絞り出した。それがタストの苦悩を物語っている。
「……わからない」
「わからないわけないだろ? 実際に交戦したのはあんたたち――――」
「本当にわからないんだよ! 僕たちは何度も、何度も敵と戦った! 航海の最初の数日は平穏だった! でも、一度襲われて、それを撃退してからは毎日どころか毎時間襲われて……数える暇すらなかったくらいなんだ!」
なるほど。比喩抜きで数えきれないくらい殺したのか。
推測だけど、プレデターXなどの大型の魔物は希少な宝石を体内に保有していることが多い。そして希少な宝石を捕食しなければ成長できないので同族の死体に引き寄せられる性質があるはずだ。ラーテルがそうだった。
つまり、大型の魔物の死体に引き寄せられた魔物を殺し、その死体に引き寄せられた魔物と戦い……エンドレスレイドバトルが発生した感じだな。よく生き残ったもんだ。
「要するにクマムシが大発生したのは、今あんたたちが陥っている苦境は自業自得ってことだよ」
「……!」
「さて、それじゃああんな自爆同然の自業自得粉砕玉砕大作戦を考えたのはどこのどいつだ?」
「……だよ」
「聞こえないな」
「僕だよ! 僕のせいだ! 僕が、あの作戦を考えて、この惨状の原因は僕なんだ!」
タストは遂に膝から崩れ落ち、地面を思いっきり殴りつける。
「だったら、責任を取らなきゃいけないんじゃないか? クワイを裏切って、売国奴になっても国を守らなきゃダメじゃないかな?」
タストが顔を上げる。
その表情は――――無。何もない。
憎悪も、悲嘆も、希望も、歓喜も何もない。本当に生き物なのか疑問に感じてしまうほど、仮面を張り付けたような無表情。
もはやこの世の何物でもなくなったタストは遂に頷いた。
「わかった。君に協力する。だから、クワイという国だけは存続させてくれ」
ふ、落ちたな。
「もちろん。お前が協力してくれる限り、クワイをオレたちが滅ぼすことはないと約束するよ」
ここに裏切りの密約は果たされた。
さあて、これでクワイの攻略はかなり楽になるだろう。もちろん約束を破るつもりはないのできっちり飼殺すつもりだけどな。
タストが本当に裏切ったのかどうかはスパイに調査させれば済む話だし、楽な仕事だ。
「君は……」
「ん。何?」
これからの予定をざっくりと考えていると唐突にタストが話しかけてきた。
「君は、これからどうするつもりだい?」
直近の予定を聞いたのではないだろう。きっちりクワイや銀髪をおさえた後どうするのか、そう聞いている気がした。
「そうだなあ。状況が安定したら、適当に後継者を用意して引退してから隠居生活に一直線かなあ。短くてもあと数年はかかりそうだけどな」
「権力に固執したりしないのか?」
「興味ない。そもそもオレはあんまり王様に向いてないんだよ。消去法的にオレしかいないからやったけどさ。色々魔物についての研究とかもやってみたいから引退したらそっちに専念するつもり」
「向いてないわけないだろう。こんなすごい国を作ったんだから」
「いや、そう言ってもオレは地球の知識ありきの国家運営だったからな。それももう必要なくなる」
「必要ない……?」
「そうだよ。もうこの国は地球の知識を必要としない、地球とは違う文明に移行しようとしている。だから転生者はもう必要ない」
地球の大量消費文明とは違う社会。その始まり。それを眺めながら研究に没頭するのもなかなか楽しそうだ。
タストはそんな未来をどう思ったのか、妙なことを聞いてきた。
「僕らは……転生者は、この世界に必要だったと思うかい?」
何を言ってるんだこいつ。そんなもん決まってるだろう。
「いらない。オレたちはここに来るべきじゃなかったし、もう来るべきじゃない」
銀髪のような力は平和を乱すだけ。オレのような知識は文明を捻じ曲げるだけ。
この世界は転生者がいなければ平穏無事に魔物同士が殺し合っている世界だったはずだ。まあ、何事もなく過ぎていく平和な世界が素晴らしいとは限らないけどね。
「もうそろそろ疑問は尽きたかな?」
「ああ……もういいよ」
「そっか。じゃあこいつを持っていけ」
タストに働き蟻が勾玉のような何かを渡す。
「これは?」
「盗聴器みたいなもん。悪いけど監視させてもらう」
実際にはテレパシー補正装置だ。タストのテレパシーを拾いやすく、探知しやすくなる。あった方がまし、くらいなので半分ハッタリだ。
「わかった。そういう用心は必要だね」
「それじゃあ。蟻に町の近くまで送らせるよ」
「お願いする」
タストははっきりとした足取りで、しかしうつろな目つきで蟻の巣を後にした。
かつて、この宇宙には地球人類以外の知的生命体は存在しないのではないかと考えられていた。
しかし、現在では太陽系を含む天の川銀河にさえ、数十の生命体が存在する可能性が示唆されている。
それが宇宙全体ならば膨大な数の生命体がこの宇宙に息づいているかもしれない。
これは、人類がこの宇宙で孤立していないという証であるなら歓迎するべきかもしれない。
だが、もしも、仮に、この宇宙のどこかに、地球人類よりもありとあらゆる意味で優れた生命体が存在し、はるかに発達した文明を築き上げているとしたら、果たして地球人類に生きている意味はあるのだろうか。
人類は、この宇宙にとっての失敗作ではないと誰が保証してくれるのだろうか。それを否定するために人類はもっと地球人として恥じない生き方を選ぶべきなのかもしれない。




