454 人災
「無理だ……僕は、僕たちが人間だって信じてこの国を守ろうと頑張ってきたんだ。どうすればいいのか……わからないよ」
おやおや。いけないなあ。そんなに弱音を吐いたら、つけ入る隙があると言っているようなもんじゃないか。
「それじゃあ改めて聞こうか。オレたちにつかないか?」
先ほどは断られた勧誘。しかしこれだけ弱った今なら心変わりするんじゃないかな?
即興で練った作戦だけどさて……どうかな?
「いや……それでも、僕には責任が……」
あと一押し何だけどなあ。それじゃあプランBに変更かな。
「裏切れって言ってるんじゃないよ。クワイを守るためにオレたちと協力しようってことだよ」
「きょう、りょく……?」
まるっきり知らない単語を聞いたように首をかしげる。
「オレたちはなるべくお前らを攻撃しないようにする。でもそれじゃあそのうち侵攻ムードが高まってここまで攻めてくるかもしれないだろ? そうなるとこっちはもちろんそっちにも都合が悪いだろ?」
「……その通りだ」
隠してもしょうがないと悟ったのかやけに素直に認める。
どんな世界でも変わらないけど戦争には莫大な出費がかかる。だから本音を言えば為政者はなるべく戦争なんかしたくないのだ。しかも今回の場合、セイノス教の救いとやらが関わっているからメリットがない無意味な戦争だ。タストはもう神だの救いだのを信じるほど頭がおめでたくはない。
だから今度戦争をすれば国家が破滅してしまうことくらいわかっている。
が、一般国民はそうもいかない。例えどれだけの艱難辛苦が待ち構えてしたとしても救いなんてありもしないものの為に邁進することだろう。
いやあ、無能なトップが戦争に駆り立てるのではなく、無能な衆愚が喜んで戦争に進むとはね! つまるところこれはクワイという存在の自業自得というわけだ。
「だから戦争をコントロールしようってわけだよ。オレたちは適当に喧嘩を売る。お前たちはそれを迎撃する。被害が出たとかなんとか適当な理由をつけて出兵を取りやめてくれないか?」
「は……? な、なんだそれは!?」
「何だって言われると……んー、戦争の黒幕ごっこ?」
はっきり言えばスパイだ。それも高級軍人のスパイ。質の悪いことこの上ない。
「ふざけないでくれ! そんな出来レースみたいなこと、できるわけないじゃないか!」
「おや。いいじゃん。あんたの命はオレも保証するし、同時にこれを繰り返せばクワイでのあんたの立場もよくなるんじゃないか?」
「できない! そんな、クワイに対して、仲間に対してもそんな裏切りはできない!」
「だってあんたクワイを守りたい……いや違うな。クワイなんて国を守りたいとは思ってないけど、守らなければならないとは思ってるんだろ?」
「っ! それは!」
ハイ図星。
クワイという国家がもうどうしようもないということは理解しているけど、ここまで苦労して守ってきたものを放り出すことはできないという、コンコルド効果にも似た心理。それがタストの行動を縛り、同時に責任感を持つことで心の支えにもしている。
でも、どんな手段を使ってでもクワイを守るとまでは割り切れないらしい。
「き、君は侵攻を止めてくれさえすればいい! 後は僕がどうにかする!」
あらら。議論が最初に戻っちゃったよ。ではしょうがない。最後の切り札を出すとしよう。
「侵攻っていうけどさ。今オレたちは積極的に攻めているわけじゃないぞ」
実際に、遊牧民たちを取り込みはしたけど、直接武力をもって侵攻していない。
「いや、あの名前のない魔物……魔法を無力化する魔物は君たちの部下だろう?」
ああ、やっぱりそうか。最初から勘違いしているとは気づいていたけど、あえて放置していた。なら明言しよう。
「あの、魔法を無効化する魔物、オレたちはクマムシって呼んでるけど、あいつはオレたちの部下じゃない。というかあいつらはオレたちにとっても敵だ」
「じゃ、じゃあ何故その、クマムシは僕らを攻撃する!?」
「あんたたちを攻撃しているわけじゃないよ。ただ単に食い物がなくて、縄張りも狭くなったから新しい土地を求めて移動しているだけだよ」
恐らくこの世界の巨大クマムシにはバッタのように群生相を持っているのだろう。異常に増えすぎると、海中から地上に向けて移動する生態なのかもしれない。
ただ、オレたちにとってクマムシはほぼただの雑魚だけど、クワイにとってはそうもいかない。魔法を無力化されると銀髪以外ではまともな戦いにならない。
「だからさ、さっきの条件を飲んでくれたらクマムシはオレたちが駆除してやる。それだけでも結果的な被害は少なくなるんじゃないか?」
「それは……そうかもしれないけど……」
「それにさ。クマムシが増えたのは多分あんたたちの責任だぞ?」
「は……?」
タストは本日何度目になるかわからない、不安と焦り、困惑に包まれた表情をした。




