448 相対する転生者
一応仮にも、曲がりなりにもオレは王様であるので、結構多忙だ。部下がちゃんと育ってくれているので幾分ましになってはいるけれどオレじゃなきゃ判断できない仕事はまだまだたくさんある。
しかし今日は仕事がひと段落したのでちょっとゆっくりしよう。
というわけで、掃除だ。
……休憩じゃなくね? いや、どうにも部屋の埃が気になったからついつい……いかん、所帯じみすぎてる。まあもともとただの一般人だから王侯貴族の生活様式なんか身につかないんだよね。ちょっとした掃除くらい自分でやった方が早いし。……自分で言ってて何だけど貧乏くさいなオレ。
さあそれじゃあ楽しく――――。
「王。ちょっといいか?」
はいきましたー。休日出勤の催促です。オレは異世界に来て社畜になってしまったのか? いや、エミシには会社というものがないから国畜?
わけわからん言葉を生み出してないできちんととりつごう。
「何かあったのか?」
「エミシの言葉を話すヒトモドキが来た」
「……マジで?」
さて、我がエミシの言語は日本語だ。
言語には種類がある。大まかに分けると、発声による口語。筆記による文字の二種類。
もっと細かく分けると手話、点字などが加わる。地球ならそうだ。
ただし、この世界では少々事情が違う。ここにテレパシーが加わる。とはいえテレパシーは言語が違っても、意味が通じる共通言語だ。
しかし、もともと樹海にいた蟻とオレたちの仲があまり良くなかったことからわかるように、テレパシーにも方言のような癖が存在する。そしてどうも、文字などのテレパシー以外での言語を取得していると、その差が顕著になるようだ。
んで、エミシの蟻はだいたい日本語が書ける。ただし、喉の構造が人間とはだいぶ違うので発音はできない。ただ不思議なのは、そんな蟻たちでも日本語の口語を理解できる。
しゃべれなくても意味はわかるのだ。
だからオレはもしも日本語……ここの蟻たちにとってはエミシ語を話せる誰かがいたらすぐにオレに報告するように通達してある。
「テレパシーだけじゃなくて、発声していたんだな?」
「はい」
うん。もうこれで日本語が話せるのは確定。十中八九転生者だ。
「年齢は? 身なりは?」
「五歳から七歳 服装は通常のクワイのもので、整っている」
地球じゃまだまだ子供の年齢だけど、ヒトモドキなら大体二十歳くらいか? 去年の戦争には参加していたはずだ。
あのイカレ国家に半年いればどれだけやばいかよくわかるだろうに。何故今まで逃げもせずに従っていたんだろうか。いや、もしかして逃げてきたのか? こっちに寝返るために?
もしそうなら大歓迎。亡命を拒む理由もない。
ひとまずは……。
「オレが話をする。いや、その前に、ちゃんと確認しておくか。ちょっと手紙を届けてくれ。後、この件は部外秘だ。絶対に誰にもしゃべるな」
「了解」
今のところオレが転生者であることを告げたのは、寧々が転生させてくれた奴だけだ。無用な混乱を避けるためには今しばらくこの出来事を誰にも話さない方がいい。
自己紹介を終えてから、しばし静かな森を眺めていても、返答はなかった。もっと森の奥へ行かなければならないのだろうか。そう思案したところ、ゆっくりと、害意がないことをアピールするかのように近づいてくる蟻がいた。
その蟻は一枚の紙を持っており、そこにはこう書かれていた。
『なまえをかけ』
どうやら蟻の王は随分と慎重らしい。 わざわざ全部ひらがななのは、この世界の言語にはひらがながないからだろう。まだ自分が転生者なのか疑っている。言い換えれば、タストが転生者だということは知らなかったということになる。
蟻から紙を受け取り、名前を書き、念のためにふりがなを書いてから蟻に差し出す。なんとなくテストや面接を受けている気分になる。もしも不合格なら自分がどうなるかは、わからない。
「おうふ。マジで日本語だな」
働き蟻の目を通じて間違いなく日本語で書かれた文字を眺める。もう疑う余地はない。
「巣の中に案内しろ。いや、巣の中でも明るい場所にしてくれ。丁重に扱えよ」
万が一にも魔物に襲われれば大ごとだ。せっかく来てくれた奴を死なせるわけにはいかない。
タストの前に現れた蟻が先導するように歩いていく。
それに従い、ゆっくりと歩き、地中に繋がる洞穴のような場所にたどり着く。ここが蟻の巣、だろう。話には聞いていたが、実際に見るのは初めてだ。
みるからに暗いその場所は人を拒む空気で満ちていたが、今更躊躇う理由もない。明かりも何もない場所でつまずきながら、時折側にいる蟻から支えられ、どうにか進むと、少しだけ天井に穴が開いた場所にたどり着いた。応接間のようなものだろうか。
そしてどこからともなく、頭の中に声が響いた。
『初めまして。ええと、一応オレがこの国の転生者だ』




