447 馬鹿な奴ほどよく眠る
「紫水が直接話を聞きに来るとは思っていませんでした」
「んー……オレもその予定じゃなかったんだけどさ。銀髪についてお前の口から直接ききたくてな」
結果的に銀髪の情報を得る最高のポジションに収まった美月からもたらされた銀髪の評価は衝撃的だった。
「はい。改めて説明します」
美月は銀髪の性格がよくわかる普段の行い、会話を細かく報告してくれる。最後に銀髪の端的な評価を下した。
「無駄な理想論をまき散らし、なおかつ周囲と同調できない無能者。もしくはあえてそういう評価をさせることで周囲を欺いている天才。そのどちらかです」
途轍もなく辛辣な評価だ。サリとはまた別の意味合いで銀髪を嫌っているようだ。……美月が裏切る可能性はないとみてよさそうだな。
「ちなみにお前はどっちだと感じた?」
「前者です」
一瞬の迷いもなく断言する。美月が言うのならきっとそうなのだろう。しかもそれは寧々たちからの伝言とも矛盾しない。
「つまり、銀髪はただの傀儡で、頭が切れるのは周囲だってことか?」
「はい。あれはただ強いだけの置物です」
マジか。いやー。銀髪がそんな奴だったとはなあ。
「ちょっとショックだなあ」
「はい。その、私も銀髪はもっと強い、そう思っていました」
もちろんここで言う強さとは切ったはったの強さではなく、したたかさ、あるいは頭のキレだ。
何というか銀髪はもっと万能というか、絶対的な敵だという認識だったから、肩透かしというかこう、振り上げたこぶしの行先を見失ってしまった。
いや、もっと正直に言おう。
オレは銀髪を過大評価しすぎていた。その失敗を認めたくないだけだ。
いやはや敵を知ることは難しい。多分、美月も同じような気持ちなのだろう。
「わかった。銀髪本人を見張るのも大事だけど、周囲を気にかけることも忘れるな。形式だけとはいえトップは銀髪だから、お伺いをたてなきゃならない時は多そうだしな」
「はい。引き続き任務を続行します」
通信を切り、荒れた庭でしばし佇む。
美月自身銀髪に苛立ちを感じている自覚はあった。しかしその理由がはっきりわからなかったが、今の会話で理解した。
あんな馬鹿が紫水の邪魔をすることが許せない。
馬鹿のくせに、紫水から注目されていることが――――。
「何考えてるのよ私」
頭を横に振る。きっと、頭のおかしい奴らと一緒に暮らしているせいで自分も少しばかり頭のめぐりが悪くなっているのだろう。
あまり持ち場を離れていると怪しまれる。早足で屋敷に戻り始めた。
タストはただ一人、馬に乗って旅をする。キリンのような模様といい、角といい、地球の馬とは全く違うが、きちんと調教されている馬なら、乗馬に不慣れでもきちんと走ってくれる。
ここ数日程馬に乗っていたが、かなり東に来ると他人とすれ違うことさえなくなった。かつては辺境とはいえ大都市に通じる道として栄えていたはずだった。
人の往来がなくなったせいか道が荒れ始め、雑草が茂るようになっている。これはこの道に限ったことではなく、どこもかしこも軋みをあげていた。それがクワイの未来を暗示しているようで、また暗澹とした気分になる。
「残してきた軍は大丈夫かな」
馬に話しかけるように独り言をもらす。一人旅だと物さみしさがこみ上げるせいか、馬に話しかけるのが当たり前のようになっている。
「今も名前のない魔物の攻撃は続いているはずだからね。あの魔物は彼女以外では倒せない。でも、ウェングやアグルさんたちなら上手くやってくれているはずだ」
その言葉に嘘はない。嘘はないが、本当に無事であって欲しいと思っているのだろうか。いっそのこと、自分が抜けた軍などぐちゃぐちゃになってしまえばいいと思っていないだろうか。だとしたら……なんと子供っぽい自己顕示欲だろうか。
ふと空を仰ぐ。
晴れ晴れと澄み切ったいい空だ。国がどうなったとしてもこの空の青さは変わらないのだろう。しかしこの空とはしばしの間別れなければならない。もう道が途切れ、うっそうと茂った森に差し掛かろうとしている。
ここから先は樹海。即ち敵陣。
ここまで一度も魔物に襲われなかったのは運がよかったからだ。しかしここからはそうもいかない。この森のいたるところに侵入者を捕らえる魔物が配置されていることだろう。
最悪の場合、話すらできずに問答無用で殺されるかもしれない。あれだけ魔物を虐げ、国土を蹂躙した敵をやすやすと許すわけがない。
あるいは、それを心のどこかで望んでいるのだろうか。こんな世界にもういたくないという自暴自棄。消極的な自殺。
死ぬのは怖い。少なくとも狂信者のように魔物の目の前に飛び込むような真似はできない。だが、疲れたことは確かだ。体の痛み、心の痛み。
もう、疲れた。楽になりたい。
この交渉がうまくいくにせよ、決裂するにせよ、少しは楽になれるはずだ。そう悲観的な楽観を胸に、大きな声で叫んだ。
「僕は藤本雄二! 転生者だ! 蟻の王と話がしたい!」




