442 物語り
ずらりと並ぶ、今年生まれた働き蟻たち、その中にいる地球からの転生者となった働き蟻たちからじっくりと話を聞く。
寧々が地球の蟻として生まれ変わり、何とかこちらの世界に帰る方法を探し、オレたちが鵺との戦いの際に意図して地球に転生させた働き蟻たちと合流した。そこで先に転生していた小春、のちに転生した翼とも協力することができた。さらに管理局の百舌鳥の話に乗り、そこから管理局の権限を一部掌握して一気に働き蟻たちを再度転生させ、オレのもとに送り込んだ。
「流石寧々だ。小春も翼も……オレにはもったいない部下だな」
寧々が託した働き蟻の転生者たちからもたらされた情報はどんな宝石よりも、黄金よりも価値がある。
管理局のルールについて、この惑星について、そして、転生、転生者の真実について。色々あるけれど、オレにとって重要なことを反復しよう。
「確認するぞ。転生管理局の局員は転生者に名前を言われれば消滅し、その転生者が管理局員になる。また、管理局員が直前に転生した世界で完全に忘れられれば消滅する。その場合欠員は管理局員が推薦した人物の中から神を名乗る何者かが誰かを抜擢する」
「その通り。補足するなら管理局員には有名な人物が選ばれやすい」
「つまり管理局員は転生者、もしくは著名人というわけか」
どっちにしろ、もともとはごく普通の生命体だったわけだ。
そしてどうにも、このルールは矛盾している。
有名になればなるほど消滅する可能性は低くなるけれど、転生者に名前を呼ばれるリスクが高まる。意図的に競争させるためにそういうルールを設定してあるのか? だとしたら神とやらはなかなか意地が悪い。
しかも転生させる場合、原則として管理局員が転生に立ち会わなければならないらしく、確実な安全圏に逃げるのも難しい。
つまり、この情報は管理局員にとって死を招く猛毒に他ならない。むやみに知られればそれこそ一大事だ。
「ルールとして、管理局は転生者以外と積極的に関与するのは難しいらしい」
「転生管理局ってのは転生者を支援するためではなく、自分たちの身の安全の為に管理しなければならない組織ってわけか」
転生者が全くいなければ自分が世界に対して働きかける窓口を潰してしまう結果になる。だから転生者そのものは必要だ。でも余計なことを知ってほしくはない。
いやはや、なんとも保身がお上手なことで結構だ。
百舌鳥がオレにちょっかいをかけてくる理由も結局は保身のためらしいな。オレとしてはその百舌鳥にはさっさと退場願いたい。
「百舌鳥の本名にかかわる情報はあるか?」
「ない」
さもありなん。そんな簡単に本名を暴けるような奴なら何年も支部長として君臨できはしないだろう。
「ただ……」
「どうかしたのか?」
「百舌鳥は数百年以上前の乱世、平和、その両方を生きた、そういう記録があったようです」
「……微妙な情報だなあ」
奴は(そうは見えないけど)偉人であるはずだ。地球で今現在もその名前が残っているのだから、それなりの人物であるはずだ。
それなら平和も戦乱も経験していておかしくない。
何もないよりはましかもしれないけど……。
いや待てよ? 管理局は明らかに一枚岩じゃない。つまり、百舌鳥にはまだまだ敵がいるんじゃないか? 例えば、この世界、アベルだっけ? このアベルの管理者は百舌鳥のことをどう思っているのか。もしかしたら、百舌鳥を邪魔ものだと思ってオレに協力してくれるかもしれない。
現状では百舌鳥に対抗する手段はそれくらいしかない。どうすれば接触できるかはわからないけど……それこそオレがこの世界の覇者になれば接触せざるを得ないんじゃないか?
うへえ。ガチで世界征服することが百舌鳥を倒す一番の近道なのかなあ。
ならまずは、この戦後処理を滞りなく終わらせようか。
「千尋。空。七海。和香。会議の時間だぞ」
予定されていたテレパシー会議を始めるとしよう。こういう会議って日本だといまだに直接顔を合わせたがるみたいだけどオレはそんなめんどくさいことはせず、すぱっとテレパシーで終わらせる。だるい会議を何度も行う会社なんて絶対大成しないからな。
脳内に浮かぶのはもう顔なじみになった蜘蛛、ラプトル、女王蟻、カッコウ。
全員表情は明るい。戦況が順調に推移している証だろう。
「じゃ、まずは千尋」
「うむ。樹海内部に潜伏していたヒトモドキはほぼ殲滅を完了した。妾たちが手を下さずともそのうち全滅しておったじゃろうがな」
ヒトモドキは前回の戦争で壊滅した後、そのほとんどは自分たちの領土に引き上げていった。
ただそれでもあきらめきれずに、あるいは帰るに帰れなくなってしまった連中が樹海にとどまり、落ち武者のようにうろつきまわっていたのだけれど……樹海はそんなに甘くない。城壁や家屋に慣れきった連中はみるみる樹海の魔物に狩られ、なんとか生き残った連中も千尋率いる樹海警備兵に掃討された。
もう少し時間がかかるかと思っていたけど、そこは千尋が優秀だったんだろう。
「お疲れ様。次、空はどうだ?」
「遊牧民の抵抗はまだ衰えません。ですが、例の策は順調に進んでいるので間もなく吉報をお届けできるでしょう」
遊牧民は樹海から見て東側の味方の撤退を支援しつつ、自らが殿となって、ラプトルやアンティ同盟の一部と交戦していた。のらりくらりと戦う遊牧民にはいまだに決定打を与えられていないが、それももうすぐ解決できる。
なにしろ、今東側で組織だった抵抗を行えているのは遊牧民だけだからな。奴らさえ片付けてしまえばそれも終わる。
「和香。教都チャンガン周辺のヒトモドキ、特に銀髪の様子は?」
「コッコー。相変わらず奴らとの戦いに苦戦しているようです」
「そりゃけっこう」
樹海から見て西側のクワイの領土は大部分を占領できた。ただし、教都周辺は銀髪を刺激しないために残しておいたけれど……予想外の敵がヒトモドキを大いに苦しめていた。
「七海。占領はうまくいっているか」
「ご指示の通りに。家屋の改築、および帰還兵の掃討。万事抜かりなく」
ヒトモドキの領土の占領を統括していたのは七海だ。
軍事的に考えればありえないけれど、奴らは放棄した町をそのままにしておいた。普通壊すなりなんなりするだろうけど、そもそも町をオレたちが利用するという発想そのものがないんだろう。
というわけで敵がオレたちの為に遺してくれた拠点をありがたく再利用することにした。そのために家屋などを多少改築する必要があった。やっぱり蟻とヒトモドキじゃ体格が違うからな。そういうわけで七海率いる建築、工業部隊が大活躍だ。
故郷に帰ってきた敗残兵(本人たちは認めないだろうけど)を盛大に歓迎し続けている。そもそも攻城戦に不慣れで疲労困憊のヒトモドキたちなら多少数に劣っていても防戦可能なのだ。
ちなみに他の魔物は土地やら町をあまり欲しがらなかった。まだ反撃を警戒しているっていうのもあるし、そもそもよその土地に移ることを嫌がっている魔物も多い。例外は眉狸だ。喜び勇んで無人の街を闊歩している現金さには恐れ入る。しかもちゃっかり攻められにくい街を。
「じゃあ樹海西側のヒトモドキどもを追い払う作戦はうまくいっているんだな?」
「はい。空も手伝ってくれています」
重畳重畳。
少しばかり思いついた作戦があったので、敗残兵を掃討せずに高原に向かわせている。つまり次のターゲットは遊牧民だ。




