44 ある日森の中で
さてと、どうやってヒトモドキを全滅させるべきか。時間はないからシンプルな作戦がいい。捕まった蟻を尾行するつもりだと仮定するなら、逆に誘導できると考えるべきだ。
巣にはまっすぐ返さずに伏兵を伏せた場所に誘導して一気に殲滅。雑だけど、あいつらよりも多くの弓兵を用意できるなら問題はない。大軍に奇策はいらないというやつだ。
問題はそんなにホイホイ誘導されるかどうかだけど……そこは敵次第だから何とも言えない。
上手くいけば捕虜として捕まえたい。情報が欲しい。より理想的には味方にしたいけど無理だろうな。
弓や備品のチェックは迅速かつ効率的に行われている。そういえば最適化問題に蟻の行動アルゴリズムを応用できるって聞いたことがあるけど、確かに蟻は作業を効率化させるのは得意なようだ。反対にイレギュラーに対応する能力や今までとは違うことを始めるのは苦手のようだ。
どことなく日本人っぽい気がする。オレもそっち側だし。蟻よりはましだよな……多分。
では手早く準備が済んだので出発しようか……なんだあれ? 鳥か?
上空には鷲ではなく、もっと小さい鳥が飛んでいる。
「撃ち落とそうか?」
どうやら落とせる自信があるらしい。まさに飛ぶ鳥を落とす一矢。実際には集団で射掛けるつもりだろうけど。だが今は必要ない。
「ほっとけ。それよりも待ち伏せ予定地点まで急げ」
でもどっかで見たことある気がするな。
赤っぽい嘴に黒い顔。烏よりは大きい。もしも魔物なら地球よりも巨大化しているかもしれないからあまり参考にはならない。
それでも鳥としてはそこそこでかいよな? 飛行向きの魔法でも使ってるのかな?
うーん。まだ思い出せない。ま、そのうち思い出すか。
後に、この時この鳥の正体を思い出せなかったことを心の底から後悔することになる。
先ほど捕まった蟻はもうすでに解放されている。ならばまず予定地点までゆっくりと歩いてもらおう。人間は疑うこともせずに隠れながら尾行している。
あれ? 何でわざわざ隠れてるんだ? 探知能力があるからバレバレだぞ?
探知能力について知らないのか? ありえるのかそんなこと。んーありえるな。さっきも言ったけど蟻は応用が苦手だ。探知能力や広域テレパシー能力をあくまでも遠く離れた蟻にこちらの要望を伝える道具としてしか認識しておらず、戦うための兵器としては利用しなかったのかもしれない。
でもそれならテレパシーの使用を制限しているのは変だな。テレパシーを使うとそれを探知する魔物でもいるのか? 逆に蟻の探知能力は詳しく知らないのか?
もしそうならこちらが既にそっちの位置を把握していることも、すでに準備が整っていることも気づいていないかもしれない。端的に言えば油断している。
ありがたい。これなら笛吹き男を雇わなくてもあっさりこいつらを嵌められる。
幸運というべきだろうか。まったく魔物に遭遇せずに順調に進んでいる。伏兵も配置し終わった。
と思ったらまたあの鳥かよ。さっき巣にいた鳥は人間の方へ行ったらしい。邪魔なんだよ、お前。あっちいけ、しっしっ。
突然白い光が鳥を貫いた。赤い髪の女が鳥を撃ち殺してくれました。あのさあ、今隠密行動中だってわかってる? いくら魔物を殺すのが大好きだからって時と場合をわきまえろよ。
まあでもうっとおしい鳥を殺してくれてありがとう! 後でキスしてやろう。オレの部下が。
鳥は一撃では死ななかったようで、かすかに息がある。近寄ってとどめを刺すその寸前に耳をつんざかんばかりの絶叫がこだました。
否。それは決して耳をつんざくこともなければ、こだまもしない叫びだった。つまりこの頭に直接届く叫びはテレパシーだ。
どうやら女王蟻以外にも広域テレパシー能力を持った魔物がいたようだ。まさか仲間を呼んだのか? 蟻たちに周囲を探らせてみたが特に何もない。単なる断末魔か?
二重尾行させている蟻に人間の様子を探らせてみたが特に慌てた様子はない。単に聞こえなかったのかそれとも別に気にすることでもないのか。
ただ周りの態度から、あの赤い髪の女性がリーダーであるように感じる。あいつを捕らえると色々都合がよさそうだ。目的地まであと少し。気を抜かないようにしなければ。
もしもここが西方に位置するスーサン領ならば今の声を聴いた時点でありとあらゆる魔物は心臓が破けるまで走り続けるか、茂みに見つからぬよう隠れるか、あるいは全てを諦めて神に祈ったことだろう。
だが本来あの鳥はこの辺りにはいないはずであり、それゆえに誰も知らなかった。あの鳥が他の魔物を呼び寄せる性質を持つことを。特にある獣を。
この森のある場所に蛇はいた。かつて蟻と戦い唯一生き延びた蛇である。
彼は力を蓄え一回り大きく成長した。ある時は力で、ある時は知で仲間を増やすことにも成功した。今こそ復讐を遂げる時。そう確信した彼は仲間とともにかつての巣へと進軍を開始した。
彼は幸運に恵まれていた。しかしそれ以上に彼は不運だった。
彼らにはあの鳥の声が聞こえず、偶然にもそれの近くにいてしまった。
それは眠っていたが、鳥の叫びにより微睡の淵から目覚め、蛇の一群を見つけた。
そして蛇もまた獣を見た。今まで丘だと思っていたものが崩れ、動き出すのを見た。
目覚めた獣は巨体を走らせ、一直線に蛇へと向かう。その勢いはあまりにも速く、逃げ切れるものではない。
蛇もまた目の前に迫る死の未来を変えるべく、毒弾を放つが――効かない。それらは何一つとして意味をなさずに一撃のもとに蛇の頭は潰された――否、消失した。
頭目を失った蛇達は恐怖に駆られて一目散に森の陰に消えていった。
黒い目が森を見据える。ここに、森にいる全ての生物の命運は決定した。森に潜む魔物はこの獣にとっては単なるエサでしかない。
獣は目覚めた。嵐は来た。




