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439 真実

「誰か! 誰か!」

 しとどに血でぬれる右腕を押さえながら、裏切り者たちによって混乱した状況でさえも目を向けざるを得ないほどよくとおる声を響かせる。

「誰か助けて国王陛下が攫われてしまったの!」

「こ、国王陛下が!?」

「ど、どういうことですか!?」

「私、さっき見たんです! どす黒い顔をしたこの世の者とは思えない何者かが! 国王陛下を攫ったと話していたのを! そいつらと!」

 指さすのはもちろん裏切り者。先ほどまでと全く違う会話を行っている自分をぽかんとした目で見つめている。

「きっとそいつらは悪魔の誘惑に屈してしまったに違いありません! そいつらはセイノス教徒の風上にも置けない、裏切り者です!」

 裏切り者たちを熱風のような視線が襲う。それはまさに不俱戴天の仇を見る目つきだった。

 実のところそれは完全な虚偽ではない。ただ当人が裏切っていると自覚していないだけだ。

「何を言う!? 我々は――」

 裏切り者たちが無言の誓いを忘れて思わず反駁する。あるいはここに来てようやく自分たちが騙されていたことを悟ったのかもしれない。


(でももう十分なのよあんたたち。十分役に立ったわ。ここに潜入できたのもあんたたちのおかげ。だからもう、必要ない)

 裏切り者たちに持たせていた爆弾が爆発する。凶暴な衝撃は一瞬の間さえなく、不要になった裏切り者を消失せしめた。これで口封じはできた。しかし――――その爆風が予想よりも強く、何かが美月を掠めた。

 焼け付くような痛み。腕に二か所足に一か所。まるで裏切り者たちの恨みが弾丸となって襲いかかってきたようだった。

 立っていられずに地面に倒れ――――ない。

(あとちょっと! あとちょっとなのよ! 気張りなさい美月!)

 自分自身を叱咤し、銀髪がいるはずの駕籠に向かう。美月はこの状況さえ利用するつもりでいた。これならまさか美月自身が裏切り者だとは夢にも思うまい。

 めまいがする。そして倒れてしまう。左足が、もう動かない。なら右足だけでも、いや、地面を這ってでも進む。

 そうだ。自分にはみんなの、エミシの、王の、未来がかかっている。たかが死にそうなくらいの痛みで止まれるわけがない。

 誰かに、手を握られる感触。

 ふと見上げるとかごから飛び出してきた銀の髪の少女が心配そうにこちらをのぞき込んでいた。

 間違いない。

(こいつが銀髪!)

 痛みさえも忘れて血液が沸騰する。体中が怒りで燃え上がりそうなほど熱い。こいつさえ。こいつさえいなければ。私たちはきっと――――!

 しかしその殺意を理性によって抑え込む。ここで自暴自棄になって斬りかかったところで何の意味もない。

 ここは自分の矜持、信念、そのすべてを投げ捨ててでもこいつに媚び、騙さなくてはならない。

「聖女様……国王陛下がいません」

「国王様が……?」

「ええ……それから……」

 そこで口を止める。そしてようやく気付いた。

 ここから何を喋るべきか、全く決めていない。とにかく騙せる状況を整えることと、銀髪までたどり着くことだけに専念していたから、何を喋るべきなのか全く考えていなかった。

(今から考えろ! こいつを騙すためのセリフを!)

 今までの人生経験。利用してきたもの。憎い敵。そのすべてを思い起こして紡がれた言葉は――――。

「聖女様……王様を……助けて」

 心からの懇願だった。虚飾も、演技もない。ただただ純粋な心から発せられた願い。決して嘘ではない。

 ただ一つ事実の誤認があるとすれば、王様とは彼女にとっての王であり、クワイの国王ではなかったことだ。

 その言葉を最後に美月の意識は途切れた。




 銀の聖女ことファティは辺りをぐるりと見回す。遠くには噴煙、そして何かの魔獣の咆哮。近くでさえ、傷ついている誰かは少なくない。まさに、地獄絵図。

「こんな、子供なのに……」

 目の前で気絶した少女を抱く。こんな子供でさえ今まで戦っていたというのに、自分は……駕籠の中でのうのうと過ごして……! 不甲斐なさに思わず口の中で血の味が広がる。

「聖女様」

「アグルさん?」

 いつの間にかアグルが影のように立っていた。

「国王陛下を、この少女をお助けしたいですか?」

「もちろんです!」

「では、軍を撤退させなさいませ。もはやそれしかありますまい」

「でも、それは、みんなの迷惑に……」

「聖女様のお言葉であれば皆従うでしょう。聖女様は皆さまの幸福を願っておられるのでしょう?」

 幸福。その通りだ。

 こんな戦場にいる人たちが幸福なのだろうか。

(そんなはずない! みんな、普通に幸せに暮らしたいはずなんだから!)


 ここに、致命的な食い違いが発生している。

 ここに集ったセイノス教徒は、皆、幸福だ。銀の聖女の為に死ぬことを誇りに思いこそすれ、不幸などとは思わないし、ましてや銀の聖女を恨むことなど決してないだろう。

 結局のところセイノス教徒の価値観と、銀の聖女の価値観は交わるどころか掠めてさえもいなかった。


 ファティは腹の底まで空気を吸う。

 この戦場すべてに聞こえるように。

「皆さん! もう、戦争は終わりにしましょう! みんなで帰りましょう!」

 同じ言葉を何度も続ける。そのうちにセイノス教徒はもちろん、エミシ側の戦力でさえ、戦いをやめていた。正確にはその言葉が届いた瞬間に戦闘を停止させるよう、命令が出たのだ。

「皆の者! 戦いをやめよ! 銀の聖女様のお言葉である!」

 アグルがファティの言葉を捕捉するように叫ぶ。その言葉にほっとしたファティだったが、次に続く言葉に血の気が引く。

「これは負けではない! また来年戦うための準備だ! 我らは必ずやこの地に舞い戻る! 聖女様はそう仰っているのだ!」

「え、ち、ちが……」

 ファティの言葉は歓声によってかき消された。

 誰もが口々に来年への決意と展望を口にする。今度こそ救いをもたらすのだ。今度こそ魔物を救うのだ、と。

「どうして……どうして、みんなそんなに戦いを、望んでいるの……?」

 ファティの言葉は嵐の中に舞い散る木の葉のように消えていった。




 ファティの言葉が伝わり、悔しさを噛みしめながら来年への決意を胸にするセイノス教徒たちに対して、失意の底にあるのがタストだった。

「無理だ……来年なんて、ない」

 打ちひしがれ、駕籠の内装に縋り、かろうじて倒れ込むことだけはしなかった。

 彼はクワイが何を犠牲にしてここまで来たのか理解している。同じことをする余力は絶対にない。だからこそ、非情に徹することができた。今年だけ。今だけ。

 それが叶わない今、彼はもう折れていた。皮肉なことに、あきらめた今だからこそ、今までの自分がどれだけのことをしてしまったのか、振り返る余裕があった。

「国王がいないとわかった瞬間、僕は喜んだ。足手まといを気にしなくていいと。彼女が撤退するといった時、彼女を憎んだ。こんなはずじゃなかった。今世は人の役に立って、立派な自分になれるって、そう思っていたのに……誰か、教えてくれ。僕はこれからどうすればいい?」

「俺にもわかんねえよ」

 いつの間にか隣にいたウェングが疲れ切った体を休ませていた。一言だけつぶやくと、無言になる。

 彼らはただ、暗雲立ち込める未来だけをはっきりと見ていた。


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うちの猫は液体です 新作です。時間があれば読んでみてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 詰めの段階に入ってきましたね 横槍が無ければ
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