438 誰も知らない
「紫水!」
「久斗! やったか!?」
待望の報告を真っ先に聞ける喜びを押し殺しつつ尋ね――――それは反転した。
「いませんでした!」
「――――っ! 別の駕籠か!?」
「いいえ。多分、違います。側近らしき女がいましたけど、そいつでさえも国王の場所を知らないようでした!」
「くそ! 確かか!?」
「はい。とても演技のようには見えませんでした」
冷静さをかろうじて保っているような低い声の美月のテレパシーが響く。
美月の演技力はかなりのものだ。演技が得意なら、相手の演技を見破ることだって得意なはず。つまり、オレたちは一杯食わされた。
「国王の奴……ここに来て隠れるか! 狡猾すぎる! 甘く見てた! 誰も知らない場所にいるなら、それこそこの戦場の外にいる可能性まであるじゃねえか!」
実は彼らの推測は大いに間違っている。
国王が本来の駕籠にいなかった理由は自らの目で銀の聖女が救いをもたらす様子を見るため、誰にも知らせずに一兵卒に混じっていたのだ。
決して自らの保身に走ったわけではない。ただただ純粋な信仰心の発露が誰の予想もできない結果を生み出した。
どうする? 自問自答を行い、脳みそをフル回転させる。ここで国王を捕らえられないならもう銀髪を倒すしかない。
……手持ちの爆弾は少ない。何とか象やクマムシと同調して攻撃を加えれば……しかし、万が一にも巨人を出されたらその時点で終わり。あれが出せないからこそ隠れているはずなのだけど……それすらもブラフだったら、打つ手無し。
つまり、情報が足りない。何か、判断できる確証が欲しい。何か……何か……いや待てよ? それは奴だって同じじゃないのか? 奴だって知らないことはあるはずだ。
この場合、果たして銀髪は――――?
「美月! 久斗! 勘でいい! 答えてくれ!」
「「はい」」
「銀髪は国王の行方を知っていると思うか!?」
「……いいえ。わざわざ国王が行方を伝えるとは思えません」
もしも、銀髪と国王が薄氷のような危うい関係だとすればわざわざ自分の場所をばらすわけもない。であれば、銀髪は国王がどこにいるか知らない。そもそも駕籠の中にいないことさえ知らない。
「わかった。なら、銀髪を騙そう。誘拐はうまくいって国王を何者かが連れ出した。そういう風に銀髪を騙す。できるか?」
一種の偽装誘拐だ。嘘さえも真実にしてしまう。後は、国王がオレたちの手に落ちたと勘違いした銀髪が賢明な判断をしてくれることを祈るしかない。
二人はしばし黙っていたけど、美月が口を開いた。やがて――――。
「できます。やらせてください」
「わかった。何か手伝えることは?」
「爆弾の準備を。それだけです」
「準備しておく。そっちは任せるぞ」
「はい」
何をするのかは気になるけど説明している時間も惜しいのだろう。
こうなればもはや美月と久斗に全てを託す。オレはオレの仕事に集中するべきだ。
「姉ちゃん。どうするつもりなの……?」
「まずはあれね」
目線の先には先ほどの付き人らしき女性が周囲の害虫に事情を説明している。
「国王様はご無事です! 皆、恐れずに進みなさい!」
それは事実とはかけ離れた説明だったが、この状況を鎮めるにはそうするしかなかったのだろう。恐らくあの付き人は国王が駕籠の中にいない理由を察して、実は国王が駕籠の中にいるということにしておいた方がいいと判断したのだろう。大した忠誠心だ。
だからこそそれを利用する。
「嘘だ!」
美月の叫びに視線が集中する。これでもう後戻りはできない。
「国王陛下はその駕籠にはいない! そいつは嘘をついている!」
「何を言う! 陛下は確かに――――」
「だったら誰かに駕籠を見せればいい! さっきから何故誰にも近づけさせない!」
「陛下のご尊顔を容易く見せるわけにはいかぬ!」
「いいえ! 貴女がその駕籠に人を近づけたくない理由は、実はそこに誰もいないからでしょう!?」
ざわざわとどよめきが大きくなる。お付きの女はますます顔が曇っていく。
「陛下はここに――――」
「いません! 誰か! そこの駕籠を確かめてください! 陛下のお命がかかっているのです!」
先ほどまで、一、に対して好意的な視線を向けていた周囲の信徒は疑いの目を持ち始めた。
この場合明らかに有利なのは美月だ。何しろ純粋な真実を突き付けているのだから。誰か一人でも駕籠の中を見ればその時点で勝負は決まる。
一、はあくまでも国王を守ろうとし、美月は国王を貶めるつもりでいる。真実を述べる者が必ずしも真心にあふれていない証明だろう。
誰かが駕籠に近づくが、それでも、一、は通そうとしない。だが、一、の背後に迫った久斗がその体を羽交い絞めにした。
「今のうちに!」
その言葉に従い数人が駕籠の中を覗き込む。
「誰もいない! 駕籠の中には誰もいないぞ!」
一、への不信はよりいっそう激しく、それどころか糾弾に変わっていった。
「貴様! 何故嘘をついた!」
「国王陛下はどこだ!」
「違う! 私は――――」
美月は混乱する群衆からそっと離れる。これで国王がいないという可能性は共有された。
次は……。
裏切り者どもの肩を叩く。ひそひそ話が自分たちにだけ聞こえるように集まる。
「申し訳ありません。国王陛下はおられませんでした。しかし、心当たりはあります」
ギラギラした目つきがより激しい光を纏う。
「銀の聖女様からの啓示がありました。それによるとあの光がある駕籠におられるそうです」
一切言葉を発しない裏切り者たちは居ても立っても居られない様子だ。これならちょうどいい。
「皆さまはあの駕籠に向かってください。もしも、それを邪魔する者は切り伏せていい。聖女様はそう仰っています」
やはり無言でうなずく裏切り者たち。
「では、行ってください」
駆け抜ける。列を押しのけ、人波をかき分け……やがてその歩みが遅くなると、血の臭いと戦いの音が聞こえてきた。
「姉ちゃん、どうするつも――――」
「時間がないわ。久斗。私を斬りなさい」
「は!? 何言ってんだよ!?」
「紫水が言っていたの。被害者は信用されるって。だから私は被害者になるのよ。加害者は、あいつら」
あいつら、とはもちろんあの裏切り者たちだ。国王を、世界を救うなどと嘯く愚か者どもだ。
あいつらに傷つけられたかわいそうな少女を演じて、銀髪を騙す。この短い時間で思いついた作戦がそれだった。
「できないよ……」
「やりなさい。エミシの未来は私たちにかかってるの。私を切った後、タイミングを見計らって爆弾を投げて混乱させなさい」
躊躇い、震えていたがやがて久斗は、<剣>を現出させ……。




