437 チェックメイト
美月と久斗が率いる裏切りもの部隊は予想以上に容易くクワイ本隊と合流できた。
適当にでっち上げた物語を美月が語って聞かせると指揮官らしき女は涙を流しながら美月を抱擁したのだ。そんな女を心の奥底では見下しつつ、抱擁し返したことは言うまでもない。
しかしそこからは難しかった。
駕籠の近くにいるためにはきちんとした身分証が必要だったので、なんとか背格好の似た信徒を数十人ほど密かに殺害することで、その身分証を奪って潜入に成功した。なお、この時点で裏切り者どものうち数人は自らの手を汚しているのでさらに裏切ることはないという確信を持つことができた。
ドームの中に入り損ねた裏切り者は日が沈み次第偽の信徒を攻撃するように指示を出した。要するに同士討ちをしろという適当極まる指示だが、多分それが実行される前にくたばるだろう。
そして忌々しい銀の盾で覆われたドームの中で守られながら、味方の苦戦を歯噛みしながら見守っていた。
しかし、ようやく時が来た。
「姉ちゃん、これは……」
「うん、あいつがあそこにいる」
光が衝突している駕籠をにらみつける。どうやら貴人が乗っているらしいと噂された駕籠があったので、そこに銀髪がいるのではないかと疑っていたのだが……その駕籠はマークしていた駕籠ではなかった。
「じゃあ、国王はどこにいるんだろう?」
あくまでも彼女らの狙いは国王である。銀髪を殺せれば理想的だが、それは無理だとわかっている。
「あの貴人がいるって噂の駕籠にいるのかもしれないけど……罠の可能性もあるわね。……ひとまず騒ぎを起こすわ」
ちらり、と手の中にある爆弾を見せる。これも彼女らの王から託された道具の一つ。手荷物検査のようなものはほとんどなかったし、あったとしてもこれが何かを見破られることはなかったはずなので、簡単に持ち込むことができた。
久斗はうなずくと布を口に噛む。こうすることで発声を伴わずにテレパシーを行えるようになる。
密集しているのでなるべく声は抑えなければならない。さらに自らの配下(彼女たちにとってはそういう認識)である裏切り者にも小声で指示を出す。
「三十秒後」
久斗の端的な言葉ですぐに覚悟を決め、心の中で数字を数える。
目の前には頭のおかしい狂信者たちが黙々と行進しており、しかし駕籠同士の連絡役が先ほどよりも慌ただしく往復していることから非常事態が起こっていることは察せられる。
今からこいつらの内の何人かを殺すことになる。その未来を想像して――――特に何も思わなかった。自分たちにとってこいつらは単なる害虫だ。
(二十五)
そこまで数えたところで爆弾を振りかぶり、思いっきり投げた。
ある信徒が何かと思って上を向いた瞬間、それは爆発した。
この爆弾はユーカリを利用した無線爆弾の一種。そうであるがゆえに、美月や久斗の意思では爆発させられない。二人にはそう教えられていた。
それは万が一を考えた安全装置でもあったが、それを知ったところで二人が気にすることはなかっただろう。
ともあれ美月の狙い通りに爆弾は爆発し、貴人がいるという噂の駕籠は駕籠を運んでいる人足が腰を抜かして倒れてしまった。ほとんどの敵は人足と同じように呆然と立ち尽くしている。この絶対に安全であるはずの銀の壁の中で衝撃が走ったのだから無理もない。
しかしその中でもすさまじいほど機敏に人波をかき分けて駕籠に駆け寄る姿がある。王族の御付きの一族である、一、だ。美月はその正体を知らなかったが、ただ者でないこと、そしてやはりあの駕籠に何者かが乗っていることを確信した。
「久斗。あいつについていくわよ」
久斗は無言でうなずくと、やはり無言で背後の裏切り者どもに目配せをする。万が一邪魔をされればこいつらを差し向けるつもりだったが、かかしのように棒立ちになった害虫は自分たちを止める様子さえなかった。
「陛下! ご無事ですか!」
二人は眼を見合わせて獰猛な笑みを浮かべる。間違いない。ここには目標である国王がいる。
そして国王を誘拐すれば、任務の第一段階は完了。最終的に国王誘拐の罪を裏切り者どもに押し付け、自分たちは混乱している群衆に紛れる。
そして紫水たちによって銀髪が壁を解除しなければならないくらい激しい攻撃を続け、銀髪が壁を解除した後逃亡する。
その未来を思い描き、付き人らしき人物と共に駕籠をのぞき込む。その中には――――誰もいなかった。




