434 死線
「は。銀髪の奴め。味方を捨てやがったな? なるほど。防御よりも攻撃がお望みか」
あっさりと砕け散る敵の姿を見て確信する。恐らく前回の失敗に懲りたのだろう。銀髪といえども全能ではない。その魔法の限界は確かに存在する。
なら、いなくては困るけど、全員生き残っている必要はない歩兵をわざわざ守るのは非効率だ。かわいそうに。どうやら肉の盾らしいな。
必要最低限だけ守って後は自分の力を温存しておくつもりのようだ。さらに歩兵にこちら側の兵器を無駄撃ちさせれば銀髪を攻撃するのも難しくなるか。短期決戦狙いだな。オレの兵器が尽きるのが先か、相手がオレを殺すのが先か。
そうなれば、いかに効率よく敵を殺すかが肝になる。さて、どこを狙うべきか。
「和香。百人ほど出撃。爆弾を駕籠の隊列に向けて一発だけ空爆。他は投石」
「コッコー。銀髪がどこまで守るのか調べるのですね?」
「そういうこと」
こちらの戦術目標を理解してくれることに感謝を感じる。
ヒトモドキの上空を旋回していたカッコウが大地に向けて何かを放す。空という銀髪でさえ手の出しようがない場所からの攻撃は安全かつ脅威的だ。一発の爆弾が炸裂し、投石の一部は前進にかまけて上方不注意だったヒトモドキの頭を砕いた。
しかし爆弾は誰も傷つけなかった。銀髪の魔法である<盾>に防がれていた。ただしその範囲はとても狭く、守れたのはせいぜい一万匹ぐらいだろうか。
この攻撃は線引き。銀髪がどこまで守るつもりなのかを確かめられた。
「樹里、和香。砲撃と爆撃は銀髪を避けて行え」
「ただし、銀髪が盾を張り続ける程度には圧力をかけるのですね」
「その通り」
銀髪が守っている範囲は広くない。だからこそ疲労は最小限に抑えられるし、盾の強度も高いはずだ。それでも何もしないよりは疲れる。そのちょっとが後で戦局を左右すると信じて攻撃を続けさせる。
敵は日が沈み切る前に壁を抜けるつもりだろう。夜になれば暗闇でも動けるこっちが有利なのだから。
命を削ってオレを殺しにくるに違いない。上等だ。こんなところで死ねるか。
タストはいつの間にか額に滲んでいた汗をぬぐいながら次にファティに出す指示を考えていた。
ファティやタストがいるのは数ある駕籠の内の一つだが、その内装はいささか特殊だ。駕籠の内部に部屋が二つあり、奥側には窓や出入り口がなく、外界から隔絶された空間になっている。
こんな奇妙な駕籠になっているのは万が一にもファティの姿を見られないため、それ以上に外の惨状を知られないためだ。
この作戦はとにかく敵も味方も犠牲者が多い。それを知れば彼女がどんな行動に出るのかは読めない。だから……銀の聖女は何も知らせず、知らないまま、この戦いを終わらせる。
それが、誰のためにもなると信じて。
「タスト様。味方の被害は軽微です」
連絡役であるアグルが報告してくる。軽微とはすなわちまだ数千人でしかないということ。地球なら狂乱するほどの犠牲でも、この世界ではごくわずかな犠牲に過ぎない。
「わかりました。このまま引き続き外の様子を報告してください」
アグルは謹厳な態度を崩さずに踵を返す。
アグルとウェングには駕籠を巡回しつつ、戦況を知らせてもらっている。ファティのいない駕籠まで巡ってもらうのはやはり、居場所を隠すためだ。
さらに、とある駕籠だけは他よりも警備が厚く、そこには貴人がいるという噂を流している。事実としてそこには国王がいるのだ。つまり、もしもスパイが紛れ込んでいたとしてもそこに注意を向けるはずだ。
国王でさえ、囮でしかない。もっとも、あの国王なら文句ひとつ言わないかもしれない。むしろ銀の聖女の役に立てたことを誇りに思うだろう。
「タスト。そろそろ射程に入るぞ」
ぼんやりとしているとウェングがいつの間にか正面に座っていた。
「わかったファティに伝える」
条件反射のような返答。もはや思考などしなくても勝手にこの体は動くのではないだろうか。
「なあ、ほんとにいいのか……?」
ウェングのためらいも無理はない。今からやろうとしていることはまっとうな状況なら石を投げつけられるはずの行為だから。
「いいんだ。これしか方法がない」
この数日何度も繰り返してきた言葉をうわ言のようにつぶやく。
そんな自分に何も言えず、ウェングはしばらく座っていたような気がしたが、いつの間にかいなくなっていた。




