433 血戦
美月と久斗を見送ったオレはもちろん敵を迎え撃つ準備を始めた。
敵の進路は簡単に予想できる。だから準備はとても順調だ。気のせいかもしれないけど、敵も少し焦っているような気がする。ただ気が逸っているだけなのかそれとも何か事情があって急がせているのか……食料にはまだ余裕があるようにも見えるけど……吉兆でもあり、凶兆でもあるな。
進軍が早いのは勘弁してほしいけど、敵も切羽詰まっている証拠かもしれない。
敵が本格的にオレの近くに来るまでに例によって壁を作る。銀髪には役に立たないけど、他の奴には効くはずだ。そして今回に関して逃げという選択肢はぎりぎりの最後まで取っておく。
以前の鵺のように、いやそれ以上にオレに対する追跡能力のようなものを持っているとするなら、逃げたところでまたいつか追い付かれる。ここで敵に痛撃を与えなければオレに安息の日々はやってこない。びくびくしながら逃亡生活なんて絶対に嫌だ。
それにここまで育てた都市部を壊されるのも気分がよろしくない。何とかして退けたい。
さらに壁の前方の森林はあらかじめ焼き払っておく。
爆発物などの兵器を最大限に利用すると、森林火災が起こるのでそれを避けたいのだ。さらに射線が通りやすくなるという利点もある。それは同時に蜘蛛によるゲリラ戦が不可能になったということでもあるけど、何事にもメリットとデメリットがある。
そして数日後。予定調和のように奴らはそこにやってきた。南からやってくる敵軍に対して東西に広がる壁の上にずらりと並ぶ兵たち。
まずは敵軍の陣容を把握しよう。
「和香。報告」
「コッコー。敵はほとんどが歩兵。ただし三十程大型の駕籠があります。船の材木を利用して作ったようです」
そのどこかに銀髪がいるのだろう。国王も同様に。駕籠がやたら多いのはダミーのつもりか。ち、厄介なことを。
なお教皇は勇ましく指揮官先頭の精神を発揮している。
敵の総数はおよそ七十万。もっとも主力はたった一人だけだろうが。
対してこちらは。
「壁の上にいる歩兵がおよそ五十万。火砲は五十門。一つ当たり運用に二十人いますので火兵は計千人ですね」
きっちりと大砲をそろえた樹里が誇らしそうに語る。ちなみに樹里は副将だ。主に兵器の管理を担当している。
「騎兵、三万、準備すでに完了」
空がいつものように冷静に報告する。騎兵は壁の上には配置せずに後方で後詰めとして控えている。ここを突破されるともう後がないから、本当に最期の防衛線になる。
「コッコー。空兵、五万、待機中です」
カッコウの役割はもちろん空爆。単純に石を落とすだけでも十分効果がある。
「妾たち五千は、壁を超えようとする敵の排除じゃな?」
「頼む」
蜘蛛はこれまでの戦いで死傷したりしているから数が減っている。
「豚羊三万および、海老五千! 率いるのは不肖茜! 頑張ります!」
「ん、頼む」
豚羊や海老の役割は重い兵器や食料の運搬。ちなみに瑞江は戦闘の指揮ができないので茜に指揮を執ってもらう。
計算しにくい戦力としてはクマムシが百程。さらに義勇兵が約数千。上手いこと使えればいいけどなあ。
実のところそろえようと思えばもう少し数は揃えられる。ただそれをしてしまうとこっちの国家機能がマヒしてしまう。敵は来年のことなど考えずなりふり構っていないみたいだけどオレたちはそうもいかない。
ちゃんと来年も仕事をしてもらわなければ困る。国民総玉砕なんて時代遅れの標語を口にするほど間抜けじゃないつもりだ。
時刻はそろそろ夕方。下手な画家が絵具を塗ったような夕日の赤色はこれから大地を染める色を暗示しているようでもあった。
敵は毎度のように演説を始めている。こちらの大砲や空爆を警戒してか、その距離は相当離れて、まだ森の内部にいる。
「神よ、救世主よ、我らを守り給え!」
いつもの言葉を発した後に太鼓が打ち鳴らされる。
突撃の合図に従い、ずらりと並んだ歩兵が奔る。陣形も何もないただの突撃は緻密な軍事行動とは無縁だったが、数十万という軍を統率する困難を想えば無理もない。
壁からはまだ一キロ強。敵の攻撃は届くはずもなく、こちらの間合い。
「大砲! 準備!」
強化プラスチックで作られた砲身が軋みをあげ、大雑把に敵を狙う。大地を覆いつくすほどの数だ。適当に撃っても当たってしまう。
青虫が<物質硬化>を発動させ、ユーカリを持った蟻がタイミングを見計らって点火する。
噴火のような轟音。そして一生命体を楽に殺せる砲弾が意思もなく敵に殺到する。平地をただ走っているだけの歩兵など物の数ではない。
しかし、敵にはあの銀髪がいる。この程度ならあっさり防がれる。これはあくまでも敵の消耗を狙う牽制程度。……そのはずだった。
予想に反して砲弾は敵の隊列に大穴を空ける。潰された敵のほとんどは苦しむ間もなく絶命しただろう。




