432 扇動者
「いやあ上手くいったな美月」
「はい。あの様子では疑うことなく教皇を討ち取ろうとするでしょう」
さっき銀の聖女ことサリが語った話はもちろん噓八百だ。つーかなんだよもう一人の銀髪って。こっちが本物だって主張するより実は二人いることにした方が騙しやすいんだろうけど……どこからそんな発想が出てくるのやら。
「というかサリは自分で作ったほら話を真実だと信じ込んでるのか?」
「どうでしょう? 少なくとも自分なら嘘をついても許される。そう思ってはいるようです」
特権意識というかエゴの塊というか……お友達にはなりたくねえな。
部下としては許容できるけど……上司ならぞっとする。死ぬまでこき使われそうだ。
「そう言えばヴェールを使って顔を隠すアイディアは良かったな。あれは久斗が思いついたんだっけ」
「はい。あいつなりに知恵を絞ったようです」
そう憎まれ口をたたく美月は誇らしそうだ。
「上手くやれば代役も可能だしな。最初の数人に顔見せして似顔絵と一致していることを印象付けておけば人づてに本物だって話が伝わって勝手に信じてくれる」
以前サリが顔バレしたので考えた対策でもある。顔を合わせる相手を最小限にすればリスクは抑えられる。あとヴェールを被れば意外と神秘的な雰囲気を纏うこともできる。
要するに必要なのは銀髪という記号で、顔はどうでもいいのだ。万が一サリが裏切ってもこれで安心。
ひとまず順調なスタートだっただろう。
「すみません。遅れました」
久斗が謝罪しながら部屋に入ってきた。
「よく来た。じゃあ国王誘拐計画の概要は聞いていると思う。今回は詳細を詰めていこう」
「まずこの計画の最大の障害はなんだ?」
「「銀髪です」」
異口同音に即答。
「その通り。奴は国王や教皇に弱みでも握られているのか逆らわない。徹底してそいつらを守ろうとする。そこでオレたちは国王を救出するという名目で誘拐する」
「国王を誘拐……教皇はどうするんですか?」
「無視。というかなるべく死なないようにする。わかりやすく言うと教皇には徹底的に悪者になってもらう」
「国王は教皇によって人質にされている。でも実は国王はそれに気づいていないから、無理矢理誘拐、いえ救出するんですね?」
「そうそう。引き込んだ奴らを動かすには大義名分が必要だからな」
美月はこういう悪知恵がよく働く。
なんだかんだ言って社会生物は悪事に手を染めることを躊躇う。それが特に目上の者ならなおさらのこと。セイノス教徒に国王や教皇を襲わせるのは難しい。しかし助け出すという善行のためならば心理的な障害は低い。
いやいや善意とは素晴らしい。愛は世界を救うという反吐がでそうなキャッチコピーを今なら少しは信じてもいいかもしれない。
愛とやらのおかげでオレたちは救われそうだ。敵は滅ぶかもしれんけどな!
「でも、国王に簡単に近づけるでしょうか?」
「そこは気にしなくていい。何とかして銀髪の目をひきつけて、敵を動揺させてみせる」
「わかりました。もう一つ懸念しているのは村人たちが余計なことを喋らないでしょうか」
美月と久斗の演技力は問題ないだろうけど、村人たちはそうもいかない。ちょこっと話しただけでぼろが出るに違いない。しかしそれも対策済みだ。
「サリが村人を黙らせる設定を考えた。なんでも教皇は悪魔の力を手に入れて口を開いた相手をかどわかすそうだ。だから奴らは決して口を開かない。話をするのはお前たちだけだ。対外的には悪魔が発した瘴気によって口がきけなくなったと説明してくれ」
「怪しまれません?」
「事前に喉、目、鼻などを潰す薬剤とかを撒いておく。多分疑われないだろう」
敵を騙すときはまず事前準備。何度も失敗したおかげでようやく学んだ。
そしてサリから学んだこともある。セイノス教というのはストーリーを好む。あるいは美化された設定とでも呼ぶべきか? 味方を賛美し、敵を貶める。それをもっともらしく説明すれば信用を勝ち取れるようだ。……処世術として参考になるかもな。
そんなことを考えているとサリについての質問が来た。
「それで、サリもついてきますか?」
「打診してみたけど丁重に断られたよ」
「そうですか」
分厚い仮面に覆われたような美月の顔からは何も読み取れない。サリに対する感情をひたすら偽っている美月はサリの話題だとこういう顔をする。
どうもサリはこの任務がかなり危険であることを悟っており、絶対に参加しないという鉄の意志を持っているようだ。
自分は煽るだけ煽って高みの見物か。いいねえ。実にクズっぽくて素敵だ。
……ま、オレも人のことは言えないけどね。
「だから危険な任務にはお前たち二人で行ってもらうことになる。できるか?」
「「お任せください」」
この二人は姿も性格も全然違う双子だけど、こういう時だけはいつも息が合っている。つまりこの戦いはこいつらがどれだけ働けるか、そしてどれだけ働かせられる状況を作れるかにかかっている。




