429 別れ橋
ひときわ大きな光と音に平静を失ったタストは思わずファティに尋ねた。
「ファティさん!? これは一体何が起こっているんだい!?」
地震のように揺れ続ける船内で、遂にタストは立つことさえままならなくなっていた。さらに船内からでは巨人に何が起こっているのかさえ全くわからないので余計に不安を募らせてしまった。
「ごめんなさいタストさん。巨人が……ええと、攻撃されて……削られてる……? よくわからないけど傷つけられているみたいなんです」
馬鹿な。心の中で叫ぶ。
あの巨人は無敵だ。何をしても傷一つつかない。ファティ自身の攻撃でさえ、揺るぎさえしなかった。その巨人を傷つけ、あまつさえ倒そうとする? 一体敵の能力はどれほど強大なのか。
「もしかして、巨人が消えそうなのかい!?」
「いえ、巨人はまだ消えません。でも、もうすぐ立っていられなくなるみたいです」
「じゃ、じゃあ僕たちは、ここから投げ出されるのかい!?」
今船団がいるドームは巨人が背負っているようなものだ。その巨人が倒れれば、もちろん中身である船と水はこぼれる。
そんなことになれば間違いなく全員死ぬ。……ファティは生き残れるかもしれないが。
「い、いえ、なんとかここは傾かないようにします。でも、揺れるので、何かに掴まってください!」
何とかなるのか。そうほっとしたが、今の情報を知っているのはタストだけだ。味方にも指示を出さなければならない。ほうほうのていで部屋から出たタストは大声で何かに掴まれと叫んだ。
船団の全員に伝わるかはわからないが、何もしないよりはましだったと思いたかった。
山崩れのように派手な砂埃と音を立てて巨人が倒れ込む。
「いよっしゃあ! ……いや、あのドーム、倒れても水平を保ってる!」
巨人の体を上手く変形させて、巨人のドーム内部は壊滅していなかった。ただ、ドームのそこかしこに小さな穴が開いており、そこから侵入は難しくても、中の様子を窺うことはできそうだった。
だが、巨人が再び動きそうな気配はない。少なくともしばらくはあのままだろう。
「和香! ドームに空いている穴から爆弾を投げこ……げ!?」
指示をだす寸前に、巨人のドームから飛び出たのは銀髪だった。巨人の体をロープのようにつたい、地面に降りてから哨戒兵のように辺りを見渡している。
ち、自ら偵察とはなかなか勤勉じゃないか! くそ、銀髪がいるんじゃ多少の空爆は無意味か? いやでももしも巨人と普通の魔法が同時に使えないとしたら、今は絶好のチャンスじゃないか?
……と思っていたらいきなり銀色の剣を出して辺りの木々をなぎ倒した。
あー、使ってますねえ。いや、何やってんのあなた? 自然破壊?
今度は巨人の体をタラップみたいに伸ばしている。
ああ、なるほど。ドームの中にいる味方を地上に降ろすつもりか。どうやら巨人での侵攻をあきらめて、陸上の行軍に切り替えるらしい。
あー、そのために木を切ったのか。器用だよなあいつ。そのまま土木建設聖女として一生を終えてくれないかなー。ダメ? ですよねー。
「ひとまず攻撃中止だ。準備も整ってないし、これ以上は藪蛇にしかならない」
銀髪は消耗しているようには見えない。今ぶつかるのは賢明じゃない。
ううむ、巨人を倒した後どうするかもきっちり詰めておけばよかったな。
さて、これから敵はどうするだろうか。
巨人をもう一度作り直すだろうか。ただあの様子だとすぐに巨人は作れない気がする。エネルギーをチャージする時間が必要なのだろう。その間ずっと止まったままなのは敵にとってもよくはないはずだけど。
もしくは普通に歩いて進軍するか。
巨人なら地形を無視できるけど、普通の歩兵じゃそうはいかない。蜘蛛のゲリラ戦で多少数は減らせるはずだ。
こっちとしてはそうしてくれたほうがありがたい。
今回の戦術はもう使えないだろう。銀髪に警戒されているはずだから、次は弱点である巨人の瞳付近に守備兵でも置くか、銀髪自身で守ろうとするだろう。
……ひとまず、しばらくは巨人が再生しない、という前提を元に戦略を練ろう。あと四日……いや、後三日。
それだけあれば状況は変わる。エミシの本拠地まで全速力で走れば、一日かからない距離だ。森の中を軍隊が行進するから、三日はかかるとみてよい。
最後の策が間に合うかは、足止めができるかどうか、もしくは策の発動を早めることができるかどうかだな。




