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428 剣

 窒素という原子の特徴はごくありふれていることだろうか。生体、空気中、場合によっては地中や水中にも存在する。

 あるいは銀髪の体内の窒素分子に何らかの方法でエネルギーを貯蓄して巨人を動かすエネルギーの一部にもなるのかもしれない。

 さらに以前にも解説したように巨人を構成する主成分である空気中の窒素分子は非常に安定した分子で、巨人の材料として用いる理由はそれかもしれない。

 酸素分子とは違い、反応性に乏しく、ちょっとやそっとでは化学的に分解することはできない。

 でも、オレたちにはすでに窒素分子の三重結合を分解する剣がある。

 それが、ほんの少し前に完成させた、オレたち流のハーバーボッシュ法。

 正直に言って心の底から驚いた。まさか空気からパンを作る方法が魔王を倒す剣になるなんて想像もしていなかった。しかし、巨人の体が窒素分子でできているならば、ハーバーボッシュ法はこれ以上ないほど有効な化学兵器だ。

 しかし、これには一つ前提が必要だ。

 巨人の窒素の化学的性質が通常の窒素と同じであることだ。

 エネルギー吸収だの海を持ち上げるのだの散々めちゃくちゃな奇跡を起こしているから、普通の窒素ではないように感じる。

 しかし魔法という事象が存在していても物理法則は世界が始まってから終わるまで変わらない。

 ゆえに、賭ける価値はある。




 蜘蛛に目を向けていた巨人の背後から鷲が急接近し、墜落寸前まで速度を落としながら海老を巨人に投げ出す。

 落ちれば間違いなく命はない。海老は巨人に掴まろうとするが、鋏ですら滑り、そのまま――――同伴していた蜘蛛の糸によって巨人もろともはりつけにされた。

 あの細い糸のどこに海老を繋ぎとめる強さがあるのか全く理解できないが、天空の巨人頭部でさえ、オレたちを何度も救ってきた糸は千切れる様子さえない。

 ようやくここまで来た。


 海老はハーバーボッシュ法の触媒、モリブデン錯体が混入された、魔法によって水素を溶かした水を鞭のようにしならせ、黒い巨人、しかしその体にたった一つだけ存在する銀色の瞳のような何かに叩きつけた。

 新型ハーバーボッシュ法はある意味オレの、エミシの集大成だ。それが通じるか否か。その結果は果たして……?


 しばらくは何も起きず、上空の強い風が体に吹き付ける。

 しかし、突如としてぴしりと銀の瞳に亀裂が入る。それは徐々に広がり、激しい燐光と悲鳴のような不協和音が地上にまで届くほどに膨れ上がる。


「き、効いてる……っていうか効きすぎ……?」

 巨人は悶えている……ように見える。表情もなく、黒くのっぺりとした異形は表情や感情を読み取ることができないけれど、その行動が今までとは違う。

 攻撃しているわけでなく、かといって何かを守ろうとしている様子もない。特に枝分かれした腕はでたらめな方向にしなり、地面を抉っている。

 そして徐々に、巨人がふらついているようでもある。これはまさか……お約束か!?


「この巨人、崩れようとしているのかのう?」

「ですよね!? てか千尋! おちついてないで脱出しろ!」

「いや、今から降りても間に合わぬ」

 もっともだ。蜘蛛たちは囮として巨人を登っていたのだけど、登りすぎた。飛び降りればいくら魔物でも死ぬ。かと言っていつ崩れるかわからない巨人をこのまま降りていいとも思えない。

 では一体どうするつもりなのか。


「どうやらまた翼が必要なようだな!」

「ケーロイ! そうか鷲に……いや、でも数が……」

 蜘蛛は未だに数千人が健在だけど、鷲はそんなに多くない。

「ケーロイ。負傷者を乗せてくれ。妾たちもすぐに飛ぶ」

 足があらぬ方向に曲がっていたり、ふらついている蜘蛛を鷲が運び去っていく。

 しかしその数はごく少数。残りが脱出する手段はあるのか?

 蜘蛛たちは糸をより合わせ、布を作る。その布はやがて翼のように広がり……。

「パラグライダー……? お前、いつの間にこんなもんを?」

「なに、妾たちも飛べぬかと相談しておっただけだ」

 パラグライダーが完成した蜘蛛から順に巨人を飛び立っていく。さながらタンポポの綿毛のようだ。

 蜘蛛は糸に乗って飛ぶ、バルーニングと呼ばれる方法で広域に拡散する。それを知っていたのかどうかはわからないけど、この方法ならきちんと脱出できる。ただ……やはり頂上にたどり着いた海老はそこから動けない。一番の殊勲者を見捨てるのは忍びないけれど……やつは今でも攻撃を続けている。多分、その命が尽きるまで攻撃の手を緩めはしないだろう。


 ひときわ大きい稲妻のような光と、爆弾が爆発するような轟音が響き、遂に巨人は倒れ始めた。


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うちの猫は液体です 新作です。時間があれば読んでみてください。
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