427 どこにでもある
蜘蛛たちは黒い絶壁を軽やかに駆けのぼる。
巨人の体は雲のように掴めず、くさびを打ち込むことはできないけど、何かをくっつけることはできる。つまり蜘蛛糸を足場、あるいはハーケン代わりに巨人にくっつけることで登山道を建設しながら登っていく。
蜘蛛たちは地球上のいかなるアルピニストでも登攀不可能な巨人を力の限り攻略する。もちろん、敵も手をこまねいてはいない。
巨人が小虫を払うように蜘蛛をはたきおとす。ただそれだけの動作で暴風に飛ばされる木の葉のように蜘蛛が空中に投げ出される。しかしただでは終わらない。
なんと迫りくる腕に自ら飛び移った蜘蛛たちがいる。凄まじい度胸と運動能力。
果敢に挑む蜘蛛を振り払うためにまた巨人が別の腕を振るう。その隙にまた別の蜘蛛たちが巨人を登る。
文字通り、蜘蛛と巨人の間には人と虫よりも大きな実力差がある。だがそれゆえに巨人は攻めあぐねていた。人が大げさな道具を持ち出さなければ虫一匹を追い払えないように、巨人は一息で殺せるはずの蜘蛛を振り落とせずにいた。
だがそれでも、巨人の頭までは遠い。
蜘蛛たちの最終目標は頭だ。正確に言うと黒い巨人で唯一違う色をしている銀色の瞳のようなもの。
なぜそこを目的地に設定したかと言うと、なんとなく怪しいという杜撰な理由だ。
しかしここまで上に昇らせることを嫌がっているようなら決してその作戦は間違っていないはず。このまま銀色の瞳を目指す!
「エアコンフィッシュ! そのまま足元を攻撃して、少しでも千尋たちから注意を逸らせ!」
巨人は今まで夜以外続けてきたゆっくりとした歩行を停止している。歩きながらでは腕を振るえないのか、それとも巨人が抱えているドームを傾けて、中にいる船団の乗組員に被害が出ることを恐れているのか、あまり激しい動きをしようとしない。この間に何とか上まで登り切ってしまいたい。
……しかし、そんなオレの目論見をあざ笑うように、巨人は平然と新たな戦法を繰り出した。
一本しかなかったはずの腕が木の枝のように分かれ、それぞれが独立した意思を持つように蠢き、襲いかかってきた。
巨人は、ここに来ていよいよ異形となり、蜘蛛を不俱戴天の仇のように苛烈に攻め立てる。
「! 千尋!」
先頭を突っ切っていた蜘蛛が吹き飛ばされる。その中には千尋もいるはずだ。
しかし空中に投げ出された蜘蛛たちは自分たちの糸をつなげ、曲芸のように再び巨人の体に舞い戻る。
ふう。今のは危なかった。まさに綱渡りの攻防だ。いや、綱どころか糸でしかないわけだけど。
それでも少し天秤が傾けばあっさり全滅する流れなのは間違いない。だから、ここで本命を投入する!
確かに蜘蛛の登攀能力はオレの想像以上だった。しかしそれでも巨人は大きすぎ、高すぎ、遠すぎる。
でもなあ。
「蜘蛛は十分脅威だっただろ! 他に目を向けられないくらいにな!」
オレたちの十八番、本命は別にある囮作戦!
「はははは! いやはや鷲使いが荒いな蟻の王!」
雲を切り裂いて現れたのは鷲の族長の一人、ケーロイ率いる群れ。
こいつらにはある魔物の運送を頼んである。その魔物は……海老だ!
瑞江にはさんざん渋られたけど、小さめの海老を鷲たちに運んでもらうことにした。何故なら、海老の魔法こそが巨人を倒す最期のピースだ。
さてではまずあの巨人は一体何でできているのだろうか。
あんなとんでもない強さ、堅牢さ、巨大さを誇るのだから特別な物質でできているのだろうか?
答えはノーだ。
あれほどの巨体なら、かならず普遍的な物質であるべきだ。ではこの世界でもどこにでもある物質とは?
最初に考えたのは蟻の魔法と同じようにケイ素を操る可能性。しかし海上で巨人が出現したので、水中にはほとんど存在しないケイ素ではない。
では水だろうか? 万物の根源である水は確かに体としてふさわしいかもしれない。しかしこれもおかしい。初回では水分の少ない陸上で出現したからだ。
よって答えは、空気、しかない。
空気の主成分は窒素分子、もしくは酸素分子。
しかし酸素分子でもないはずだ。鷲の魔法は酸素を操る。ここを往復する際に何度か試してもらった結果、鷲の魔法には全く反応していないことがわかっている。
優先順位が高かったりしても反応くらいならあるはず。
よって酸素ではない。
結論、あの巨人の材料は空気中に最も多く存在する窒素を使って作られている。
単なる無毒無臭の窒素に固体のような性質を与え、エネルギー吸収、そして動物のように動く力を付与された、空気の巨人である。




