422 空中楽園
会敵した当日の夕刻より巨人に対して一度目の攻撃開始。
グラスボウ、およびクロスボウなどの射撃。効果なし。
ラプトル、ドードー、およびその他による魔法。効果なし。
クマムシの無効化魔法。明滅を確認。効果不明。
最後に敵進路を予測してからの巨大な落とし穴。わずかに巨体が傾いたものの明確な効果はなし。
「何でもありかよあの巨人んんん!」
地団太を踏みながら八つ当たり気味に叫ぶ。
敵に攻撃してわかったことはいかにあの巨人が難攻不落かという事実だった。攻撃を無効化することに加えて伸縮自在らしい。落とし穴にはまった瞬間に足を変形して踏ん張ったようだ。
まあ、そんなことができなけりゃ海水を持ち運ぶなんてできないけどさ。
ただしやっぱり細かい攻撃は苦手らしく、足元にオレたちの兵士がいても攻撃しないことが多い。単純に脅威とみなされていないだけかもしれないけど。
同じように近場の蟻の巣には目もくれない。完全に小物を無視して首都だけを狙っているようだ。あるいは気付いてないだけなのかもしれないけど。
というかあいつ目が見えてるのかな? 銀色の目のようなものはあるけど、それが生物の視覚の役割を果たしているかははなはだ疑問だ。
耳、鼻、も同様。ただ、触覚、つまり触れているかどうかはわかっているようだ。落とし穴にも対処できてたし。
あの巨人自身に意思があるとしても、銀髪が操作しているとしてもそんなに機敏に反応できるわけではないようだ。
はっきりしたのはあの巨人を倒すのはやっぱり無理だってこと。多少でも効果がありそうだったのはクマムシだけだしな。いや、むしろあの巨人にさえ何かの効果がありそうなクマムシってホント何なの……?
ただクマムシは足が遅いから継続して攻撃させるのは無理なんだよなあ。トラップみたいに一度仕掛けてはいおしまい。
それじゃあ足止めにさえならん。
結論。
手も足も出ません。
……。
い、いやいやまだだ。まだ数日はある。それまでに何とかすればいい。それに馬は倒せなくても乗っている奴はごく普通のヒトモドキ(銀髪除く)。
心臓を貫けば死ぬし、病気にだってなる。
巨人の攻略は脇にどけて、まずは歩兵を弱らせよう。
「というわけで和香。準備は?」
「コッコー。万全です」
和香が率いるカッコウたちはずらりと並び、飛翔の時を今か今かと待ち構えている。足に袋を引っ掛けていて、しかしすぐにカッコウの意志でそれを外せるようになっている。
この袋の中身は爆弾ではない。以前の空爆で警戒されたのか、巨人がおぶっている船団の頭上には網戸のようなドームが張り巡らされており、ネズミ一匹入り込む隙間さえない。
それでも微生物を通さないほどじゃあない。ノミくらいなら何とか通り抜けられるだろう。
今も昔も船内は一種の閉鎖空間。病気が蔓延する空間としてはありふれている。ノミをばら撒けば敵軍がペストで瓦解する。理想は銀髪もそれに巻き込まれて死ぬことだけど……それは高望みかな。
ともあれカッコウは順に飛び立っていく。
ぐんぐんと上昇し、山のような巨人の頭を超える。一瞬、銀の目がカッコウを睨んだ気がしたが……何事もなく通り過ぎた。
ひやりとした。やはりあの巨人は今のところこちらを攻撃しない。できないのかしないのか、どっちかはまだわからない。
ひとまずはサンドバッグとしてこちらに殴られるまま。殴ってるこっちの手が壊れそうなのはこの際無視しよう。
順調にノミをばら撒き、何事もなく帰還する。このペストの潜伏期間はおおよそ二日から四日。移動速度の予想からはぎりぎり間に合うはずだ。
ただ、ヒトモドキの場合死にそうな重傷を負っていても平然と戦うからな。仮にほとんどがペストに感染していたとしても油断できない。
では遅滞防御を続けるとして他の戦線から戦力を抽出できないか相談してみよう。
まずは東側。要塞、つまり七海は何ひとつ問題がないらしい。計画通り、予定通りに事を進める七海の頼もしさよ。しかしだからこそ他に戦力を向けることは難しいらしい。なので気にするべきはアンティ同盟。
「難しいですな」
「いきなりかよティウ。そんなに苦戦しているのか?」
「というよりも、敵が戦い方を変えてきているようですな。無理に突破を図るよりもこちらを釘付けにしようという意図が見えます」
「……誰かから指示が入ったのか?」
「ええ。伝令らしき兵が多数送られています。大部分は掃討しましたが、すべてではなかったようですな」
「指令書みたいなものは? それを読めば――――」
「いいえ。何やら印を押した紙を持っていただけですな」
なるほど。伝令が捕まることを考慮して口頭で指示を伝えるようにしたのか。印は恐らく身分証明書のようなものだろう。嫌らしい小細工を……こういうことに早めに気付けば偽装することも……いや、それはもういい。
はっきり言ってこの状況で一番やられたくない戦略だ。そしてヒトモドキらしくない。
「我々もどうにか早めにそちら側に行くべきでしょうが……」
「難しいか……一応、予備プランは用意してある」
「ほう?」
あまりやりたくはなかった予備プランを伝える。それを承諾したティウはあっさりと味方の指揮に戻った。
次は西側。樹海、ゲリラ戦部隊。
「妾を含めた一万程が南に移動しておる」
「マジか。そんなにうまくいってるのか?」
「うむ。指揮系統を混乱させることに成功した。病気も広まっているようだしのう」
軽く聞いただけでも西側のヒトモドキたちの惨状はもし味方なら眼を覆いたくなる様子らしい。ペスト以外にもなんかの病気が流行ってそれがさらにペストを流行させ……完全な悪循環だ。
こうなっては数が多いこともデメリットになる。だって人が密集すれば感染するリスクは高まるし。
そこで指揮官が死亡すれば……もうまっとうな軍事行動は不可能だ。平原に比べると暗殺が行いやすい環境だったことも大きい。
「だが、報告を聞いた限りではあの巨人は妾たちではどうにもならん」
「ですよねー」
「というわけで、紫水」
「ん、何?」
「お前が何とかするのだ」
「無茶ぶりだなおい!」
「無茶でも何でもやらねばならん。案ずるな。貴様ならできる」
「根拠は?」
「今までもそうしてきたからだ。妾はずっと見ていた。貴様の敗北も、勝利もな。貴様ができなければ誰にもできん」
……全く、これだから付き合いの長い奴は。不器用な励ましをしてくるからなあ。
ちょっと力が抜けたけど、同時にやらなきゃならないという気力も湧いてきた。
「わかった。何とかしてあの巨人は止める。その後のことは、お前たちに任せるぞ」
「うむ。任された」




