420 海の柱
さっきまでゴマ粒のような大きさだった船は豆粒ほどの大きさになっている。徐々に、しかし確実に敵が近づいてくる。
「コッコー。紫水。上空からの空爆許可を」
「いやダメだ。銀髪がいるなら多少の空爆は無意味だ。まだ温存しておくべきだ」
あの船団のどこかに銀髪がいることは十中八九間違いない。だからこそ確証が欲しいわけだが……幸運にも、その確認手段は勝手にやってきた。
船団の端辺りに船をあっさり飲み込むほどに巨大な水柱が噴出する。間違っても自然現象ではない。
これは魔法。これほどの強大な魔法を使える魔物は間違いない。
「プレデターXか! さあどうするヒトモドキ」
どうやら奴らはプレデターXを避けて海を渡ったわけではないらしい。つまり何らかの方法でプレデターXを撃退したということ。
が、よく考えれば簡単にわかることだ。セイノス教が魔物をどう扱うかなんていつもいつも変わらない。
プレデターXが挙げた水柱よりもはるかに巨大な銀色の剣が出現する。それはプレデターXを海もろとも叩き割り、海原を朱に染めた。
なんとまあ力押しここに極まれりだ。移動方法まで銀髪頼みかよ。いっそ清々しいね。
ともあれこれで銀髪の居場所ははっきりした。間違いなくあの船団が本命だ。
「そうなるとなるべく上陸させないようにしないと」
当然ながら船は陸上を走れない。船荷を下し、陸で進軍するための準備を整えなければならない。そのためには港、最悪でも桟橋が必要になる。小舟ならともかく大型の帆船なら浅瀬に乗り上げてあっさり座礁するはずだ。
ただしここはただの海岸。都合よく接岸できる場所もない。そうなると座礁しないくらいの小舟を使うか、簡易的な桟橋を作らないと荷下ろしさえできない。
どっちにせよ時間はかかるはず。攻撃するチャンスはある。
しっかり偵察して攻めるポイントを見つけよう。
で、カッコウたちがじっくり敵の陣容を観察した結果。少なくとも港を建設することはないと判断した。
「コッコー。船団を見回してみましたが、奴らの船はボロボロになっていて、作りは決して頑強ではありません、それどころか筏を繋げただけのとても船とは呼べない代物もありました」
よく考えれば当然だけど、海にかかわる産業がろくにないクワイでこんな大量の船を簡単に調達できるわけがない。とりあえず海に浮かべば御の字の急造品が大多数だろう。
こんな奴らが港なんか作れるわけがない。
だから小舟でちまちま兵隊や物資を運んで上陸しなければこれ以上一歩も動けない。そして軍隊というのは何事においても切り替えるのが苦手だ。そのすべてを銀髪が守るのは無理だろう。
だが奴らは思いもよらない方法でこの問題を解決するどころか……船に乗ったまま陸上を進軍するという無茶をやってのけた。
「ようやくここまでこれた……」
疲れ切った顔で船上から眼下の波打つ海を見下ろす。次に彼方に見える陸地に目をやる。海路を使うと決めてまず実行したのは敵の本拠地から遠い一部の村々に木材を運ばせたことだ。
もちろん船の材料にするためだったのだが、理由や目的地もろくに告げず、ただ行けと命じただけなので相当に不平不満はあっただろう。しかし教都や王都直々の命令は無視されずに大過なく実行された。
そしてクワイの南にある沿岸部で集めた木材を使って船を組み立てさせた。セイノス教徒にとって海は恐怖の象徴だ。海沿いに住まう人々はほとんどおらず、時折海に近づいてしまった人々がもどってこなくなるだけだ。
その海に急場しのぎで建造した船で出発するなど正気の沙汰ではない。
しかもこの期に及んでもその目的地を一切知らさなかった。
タストが徹底したことはとにかく目的地や意味を知らせないこと。それはスパイ対策だったのだが、動向にある種の無秩序さを抱えた結果、カッコウの監視を欺くことができた。
ここまでの無茶はセイノス教徒が上からの命令を盲目的に従うという性質を知悉していなければできなかっただろう。
そして本命の自分たちは手分けして食料や人員を集めつつ南下し、建造されていた船に乗り込み、そこでようやく目的地を告げた。爆発する民衆の歓喜、感動。
彼女たちのたまっていた不満はここで解消された。タストが勘違いしていたのは、彼女たちの不平不満は大部分が聖戦に参加できないかもしれないという不満だった。
どうやらそんなにも戦いたいらしい。こいつらは放っておけば勝手に戦いだすだろう。でもそれでは勝てない。だから、ちゃんと勝つための戦いをしてもらわなければならない。
だからいいのだ。この先この軍の大部分は死亡するだろう。しかし最終的に勝利さえすれば、悔いなどないに違いない。
「死んだって文句なんかいわない……勝つための犠牲なら……しょうがないんだ」
ここに来るまで犠牲はあった。海の魔物に襲われたり、船から転落したり。その犠牲はタストの作戦が原因だという自覚はある。
だからこそその重圧の責任から目を背けるには、しょうがないという言葉を繰り返すしかなかった。




