418 万里の旅
もう一度じっくり考えよう。
南には何があるのか。大したものはない。
その南は? もっと南は?
誰も住んでいない。何故だ? 空いている場所があればそこになんとか適応しようとするのが生命だ。何もない場所ほど住み着きやすい場所はないのだから。何故南には誰もいない?
当たり前だ。だってそこには海しかないのだから。オレたちも、ヒトモドキも、海に住むことは決してできない。陸上の生物なんだから。
喉に溶岩を押し流されたような嘔吐感が襲ってくる。
そうだ。そうだ! 海があるのだ! 南には何もないわけじゃない。海がある!
どうしてこんな当たり前のことに気付かなかったんだ!?
「和香!? 海路で、船での輸送の可能性はあるのか!?」
「コッコー? 船で大量の荷物は運べないのでは?」
「そりゃ、小さい船じゃ大したこともないけど……お前、もしかして例の難破船について知らないのか?」
以前海岸でクワイが作った船ではない、恐らくは西藍が作った外洋船を見た。その時、確かカッコウもいたはずだけど……。
「コッコー? 報告は受けています」
つまり実物は見てない。和香は知らない。海に出るための大型の船を見たことがない。いや、それどころかクワイでも、エミシでも船といえばせいぜい渡し船のような小舟だけだ。
海にはプレデターXのような超巨大な魔物がいる。怪獣のようなそいつらに見つかれば木造の帆船なんてただの泥船に過ぎない。だから海運業が全く発展していない。
海はエミシにとって完全な死角だった。
しかし、海の魔物をどうにかすることができたのなら? それを確かめる方法は……あるか。
探知能力で相手を探す。運よくすぐに見つかった。海老の取締役、瑞江だ。
「瑞江! 今ちょっといいか!?」
「何ですのいきなり」
「すまん緊急事態だ! 質問に答えてくれ! 今年に入ってからプレデターXの出現はあったか!?」
プレデターXは時折獲物を求めて海岸付近に出没する。
そのままだと海沿いでの活動は危険極まりなかったけど、海老女王にテレパシー補正装置をつけることで沖合にいる時点での早期発見が可能になっていた。
まだ海岸で採れる資材を運搬していたから、今年もそれでプレデターXを警戒していたはずだ。
「今年は……去年より少ないですわ。特にここ数週間はほとんど見つかってないわ」
全身から嫌な汗が噴き出して最悪の予想が当たっていたことを実感する。
やっぱりだ。奴らはプレデターXをどうにかしたんだ。オレだけは気付くべきだった。この世界の文明は船の輸送力を知らない。
海の魔物さえいなければ本来輸送コストは陸より海の方が圧倒的に安いということをオレだけは知っていた。その知識を持っていたのに活かせなかったオレの責任だ。
「和香! 偵察! 樹海の南の海側!」
「コッコー。ここからもっとも近い海ですね」
「……そうだな」
南の海は結構近い。少なくとも教都から直進するよりもかなり近いし、樹海は東西に長い形をしているから南から侵入した方が地形的にも侵入しやすい。だからこそ南の平原を警戒していたのだ。
例えば、クワイの西と東の勢力を南に集合させてそこから突撃させる、とかね。だから南の平原には地上部隊でもっとも機動力のあるラプトルを配置している。
そいつらとカッコウが連動して動いてもらえば……事の真偽ははっきりするはずだ。
カッコウが飛び、ラプトルが駆ける。可能な限りの速度で南の海岸へと向かう。
オレは全体の戦力配備の見直し。これがオレの勇み足かもしれない場合にも備えつつ、銀髪が大群を引き連れて上陸する事態も想定しつつ、現状の戦力で余裕がある部分から戦力をねん出する。
……こういう時に寧々がいてくれると助かるんだがな。
バタバタと忙しくしているうちに時間は過ぎ――――。
「紫水。ラプトル騎兵。海岸に現着。……ですが、遅かったようです」
空からの報告はやはりと言うべきか。完全に敵の後手に回ってしまった事実が明らかになっただけだった。ラプトルに乗っている蟻と視界を共有する。
遠い水平線の向こう。ミニチュアのような船が海面を埋め尽くすように迫っていた。
これを敵が知っているのかわからないけど、水上の魔物は蟻の魔法では探知できない。替わりに海老女王に距離や数を測ってみたところ、少なくみても数十万の人数、そして恐らく半日もしないうちに上陸するとのこと。
顔も見えないはずの船員たちがこちらをにらみつけている気がした。




