408 サイコパス
「まずはそうだな、サリは除くとしてセイノス教徒が何を望んでいるのかを説明しようか。セイノス教については学んであるな?」
「はい。神という虚構の存在を信じ、救いという抽象的な願望を持った蒙昧な宗教です」
……これ、熱心な信者さんが聞けば怒りそうだな。
「その通りだな。その知識は正しかったよな」
「ええ。でも、あんなに物分かりが悪いなんて思いませんでした」
「ああうんそれだ。大事なのは奴らのものわかりが悪いことだよ。物分かりが悪い方が都合がいいんだ」
「……?」
小首をかしげて怪訝そうな顔をする。こうしてみると年相応の可愛らしさだ。
「セイノス教の本質はな、なるべく考えさせないためのシステムだよ」
「よくわかりません。私は常に思考して最善を希求するように教わりました」
「うんその通りだ。でも基本的に上司が求める人材はさ? 自分の言うことを忠実に実行する人形みたいなやつなんだよ」
一度でも働けばわかる。
上司という生命体は部下のことを替えがきく部品だとしか思っていないし、口答えをしてくることはない。それが上司にとっての理想の部下だ。
しかし生物なのだから自分の意志がある。反抗もする。では、そうでない部下を作るためにはどうすればよいか。
「徹底的にわかりやすくて従っていればいいことがあると思わせればいい。逆に従わない奴を苛め抜く。そのためのセイノス教だ」
「その、いいこと、というのがよくわかりません」
「抽象的だからな。例えば……山のようなごちそうを毎日楽園では食べられる。楽園に行くためには救いが必要。じゃあ救いをもたらすために頑張らなきゃいけない。そういう論法だよ」
「それなら……わかりますけど……でもどうして、楽園があると信じることができるんでしょうか?」
「常日頃言い聞かせてるからだろうな。お前だって毎日勉強しただろ? それと同じように毎日毎日聞いていれば嫌でも頭に入って来るもんだよ」
ぶっちゃけるとただの洗脳だけどな。繰り返し繰り返し同じことを聞かせ、言わせる。ごく初歩的な洗脳のテクニックだ。
「頭に刷り込まれた情報でしか答えを出せないから命令にも盲目的に従う……?」
「その通り」
「じゃあ……紫水もそういう部下の方がいいんですか?」
「ん~まあ、それは楽だけどなあ。考えない奴って結局騙されやすいんだよ。あの村のセイノス教徒を見ればわかるだろ?」
「そうですね」
苦笑交じりの返答。やっぱりヒトモドキとの交流はストレスになっているみたいだ。
「とにかく何でも言うことを聞いてくれる使いやすい部下をリスク度外視で大量生産するための舞台装置。それこそがセイノス教だ」
「でも……サリは違いますよね」
確かに。あいつはどうもセイノス教の洗脳が効いてないようだ。
「あいつが何であんな風になったのかはわからない。でも何を求めてるかはわかる」
「それは、いったい?」
「サリは他人から褒められたいんだよ」
「は……? まさか、そんなことの為にあんなことを?」
美月の脳裏には今までのサリの醜態の数々が思い起こされていることだろう。
オレだって思わずため息をつきたくなる。国を裏切り、顔の形が変わるくらい他人を殴る理由が承認欲求の暴走なんて想像したくもない。
「だろうな。付け加えるなら銀髪への嫉妬と羨望も含まれる」
「嫉妬……?」
「ああ。あいつは他人に褒められたいタイプだ。何度か話しているうちにそれがわかった。なら、クワイで一番褒められているのは誰だ?」
「銀髪ですか?」
「その通り」
サリは他人に褒められたい。しかしサリ自身にそんな器量はない。なら、他人にその能力を求めるしかない。
「サリはどうしてもと頼まれて銀髪の教育係を引き受けたと言っていたけど事実は逆だろうな。都合のいいポジションを上手く射止めたんだ」
「確かに。サリの銀髪に対する悪口はすごいですからね」
サリがこちらに寝返ってからというもの、銀髪へのヘイトスピーチを欠かしたことはない。隙あらば無能だの、私の方が強いだのと口だけで銀髪に勝とうとしている魂胆が透けて見えてもはや微笑ましい。
「多分銀髪もうまく騙されたんだろう。サリは演技力がすごいっていうよりは自分自身すら騙しているところだな。あいつ、未だに自分が敬虔で模範的なセイノス教徒だと思ってるぞ。こう、被害者というか、弱者のふりをするのが上手いのかな」
「……弱い誰かを助けたい、信じたい、という心理を利用しているのですか?」
「そうじゃないかな。先天的な才能か、後天的な努力かはわかんないけど」
「ある意味すごいですね」
お? ちょっと口調が明るくなってきたかな。
「そんなわけで一時期は銀髪の教育係としてほどほどに自尊心が満たされたんだろうけど何かがあったんだろうな。このままじゃあ我慢できなくなったんだろう」
「でも、サリが正気を失ったのは教育係がいらないとか言われた時ですよね。じゃあ教育係であったことそのものはよく思っているんでしょうか」
「かもな。サリにとってちやほやされていた時期もあったんだろう。過去の栄光に縋るってやつだ」
ちっちゃい栄光だけどな。
「なんとなくわかりました。他人に褒められたいけど自分じゃそんなことはできないから平気で頼れる誰かに依存しているんですね」
うわっはーい、辛辣ぅ。
なかなかの毒舌だ。
「多分そんな感じじゃないかな」
「でも、それってやっぱりセイノス教徒の教義には反していますよね。サリはどうしてああなんでしょうか?」
「それはオレにもわからん。ただまあ、あいつをなんて呼ぶべきかはわかる」
「なんて呼ぶんですか?」
「サイコパスだ。あいつは広義においてそう呼ばれるべきだよ」
聞き慣れない単語にこてんと首を傾ける。子供らしくて可愛らしい。
「なんですそれ?」
「良心がなくて、平気でうそをつく奴」
「すごく納得しました」
ものすごく深くうなずく美月。
「でも、蟻の皆様にはそんな輩はいませんよね」
「少なくともオレは知らない。生来の素質としてそういう個体が生まれにくいんだろう」
「つまり私たちは悪人になりやすいということですね」
「かもな」
サイコパスを悪人だと定義するなら、ヒトモドキは蟻と比べて悪人を量産しやすい生物ということだ。もちろん、ヒトモドキよりもサイコパスが多い生物もいるだろうが。どれとは言わないけどね。
「ただまあ、お前には悪人を生みやすいということが悪いことのようにとらえてほしくはないかな」




