407 アイデンティティー
美月からの丁寧な報告をじっくりと聞く。
「申し訳ありませんでした。私が軽率にサリと他人を会わせたせいで計画が破綻するところでした」
「確かに危うい所だったけど、ある程度の裁量はお前に任せてあったからな、それの範囲内だし、単なる失敗とみなさずに色々試してくれたから文句はないよ」
流石にサリの顔を見た奴がいるとは思わなかったし、そこまで堪え性がないとも思っていなかった。病人だった女の言葉のどこかにサリの心の琴線に触れる部分があったんだろう。大体想像がつくけどな。
しかし美月の表情は未だに晴れない。ただ失敗を後悔しているだけじゃなく、何か気にかかることがあるらしい。
ううむ、やっぱりサリを持ち上げ続けるのがストレスなのかなあ。
「まあそれにな。案外サリもこれでおとなしくなるかもしれないぞ」
「どういうことですか?」
「一度失敗したからな。一度痛い目にあえば次は大胆な行動をやめて慎重になるかもしれん」
誰だって失敗したくない。失敗を恐れるとたいてい誰かに命令して欲しくなるもんだ。そうすれば自分のせいじゃなくなるからね。
「あの女にそんな頭があるでしょうか」
汚物でも見るような苦々しい表情。
どうやら美月にとってサリは軽蔑の対象になったらしい。今までに見たことのない表情をしている。
「あるさ。そうでなきゃオレたちに寝返ったりなんかしない。目先の利益は決して見逃さないだろう。良くも悪くも」
オレの見立てだと目の前にぶら下がったニンジンに飛びつくタイプだ。その割に案外危険に対する嗅覚が鋭いからゴキブリみたいにしぶとい。
きっちり報酬を用意しているうちは安全だ。
きちんと説明したけど、まだ美月は曇ったままだ。
「私は、その……」
「どうした?」
珍しく歯切れが悪い。奥歯に物が挟まっているようだ。
「いえ……紫水に話すようなことじゃ……」
「気にすることはないよ。お前のことはオレも知っておきたい」
何しろエミシに二人しかいない完全にクワイの手を離れたヒトモドキだ。こいつら自身が思っているよりも美月と久斗は重要な存在だ。自覚はないだろうけど。
そのメンタルに心を配っておいて損はない。
渋っていた美月は少しだけ顔を上げて話し出した。
「私は、サリだけでなく、セイノス教徒が理解できません。あいつらが何を求めて何がしたいのか……全くわかりません」
「ふうん? それは実際にあいつらと会って、話してみた感想か?」
「はい。何故平気で自分を慕う他人を殴ることができるのか。何故そんな奴を崇め、理屈に沿った答えを受け入れずに神なんかを信じるのか理解できません。……本当に、何であんな奴がいるんですか?」
美月はヒトモドキに対して滲み出る嫌悪感を隠そうとしない。言い換えればそれは自分自身にも向けられているのだろう。
何しろ自分だってヒトモドキなんだから。
今までエミシでは美月と久斗は二人以外の同族に出会ったことがない。
それどころか摩耶のようにヒトモドキに対して憎悪を抱いている味方は少なくないどころかかなり多い。もっともそういう連中でさえ美月と久斗にはある種の同情を抱いていた。何しろ同族であるはずのヒトモドキに殺されるところだったんだから。これはまあオレのプロパガンダがうまくいった結果かもしれないけどな。
ともあれ、美月と久斗にとってサリは初めて会った同族だ。そしてあの村の住民は二番目に会った同族たちだ。
しかしそのいずれにおいても相容れない価値観を持っていた。むしろそういう価値観を持つように教育したわけだけど……何はともあれ美月と久斗は自分が他人の大部分と違う容姿を持ちながら同じ価値観を持った仲間と過ごしてきた。
それが疎外感を感じる結果にもなったかもしれないけど、ここに来て同族と会話する機会が多々あり、やはり相容れないと感じた結果、不安を感じてしまったのではないだろうか。
つまりは、あれだ。アイデンティティーがぐらついてしまったのだ。
あっハッハ――――!
こんな青春っぽい悩みをこんな世界で聞くとは思わなかったぞオイ! や、マジで外国の人が日本人に混じっていたら美月みたいな気分になるのかもしれないけどそれよりもよっぽど深刻だぞこれ。
肌とか髪の色で悩むことが馬鹿らしくなるくらい別の生き物の群れの中で育ってきたのだ。不安を感じるなって方が無理なんだろうけどな。
その悩みを解決できるだけのコミュ力がオレにあるわけがない。やっべー。子育て教育やっべー。教師や世の父母はこんな悩みを日夜解決してるのか? オレはそんな悩みとかなかったから親に相談とかしたことなかったからなあ。
どうすりゃいいんだ?
……わからんけど……オレらしくやってみるか。




