403 トリックスター
重要なのはとにかく相手を騙すこと。こちらを信じさせること。
クワイ国民にとって精神的支柱は言うまでもなくセイノス教。だから奴らの心に響く言葉はセイノス教を理解していないと言えない。
ちょっとした矛盾や誤謬で詐欺はあっさりと崩壊してしまう。それは今までのオレの失敗がそれを物語っている。
しかし同時にちょっとしたことで生き物は騙されてしまうことも事実だ。セイノス教というものがある意味詐欺から始まったように、それはれっきとした技術でもある。そうでなければカルト宗教なんざ流行るはずはない。
サリにその技術があると期待し、なおかつその技術を美月が見て奪うことができれば最良の結果だ。
徐々にサリ達が村に近づいていく。
そしてふと顔を上げた村人の目にとまる。サリの顔、そして何よりも銀の髪のかつらを目にするとみるみる顔を赤くし、瞳を輝かせ、大声で祈りを捧げ始めた。
その大声につられて村人が集まり、さらに祈りの声が大きくなっていく。そしてその村人たちは崇めるように、いや真実どこまでも清らかなものを見るように崇めている。
ただそこにいるだけでかしずかれるなんて言い御身分じゃないか。順調順調。
美月と久斗は従者のようにサリの数歩後ろを歩いているけど、まるで目に入っていない。
さあ、ここからはサリの演技力の見せ所だ。
今まで平伏していた村人の誰かが、ようやくサリの後ろに控える美月と久斗のさらに後方に働き蟻が列をなしていることに気付き愕然とする。
そうすると雪崩を打つように他の村人も気づき、愕然とする。
『何故蟻と聖女様が一緒にいるのか?』
口に出す勇気はないが、誰もがいぶかっている。
しかしサリは堂々と自信に満ち溢れた顔のまま一切その歩を緩めない。
人波の中心まで歩くと、ようやく立ち止まった。
「この村の代表はどなたでしょうか」
くっきりと響く声を出す。
サリの呼びかけに答えて一人の妙齢の女性が歩み出た。
「わ、私でございます」
「私は銀の聖女です。この村を救いに来ました」
よりいっそう崇める声が強くなるが、ちらちらと蟻に視線を送る村人も少なくない。
「聖女様! お待ちしておりました! 貴女様がいらっしゃることをずっと……ですが……」
「ですが、なんですか?」
「その、背後にいる蟻は……一体……?」
村長らしき女性の疑問に躊躇なく答える。
「この蟻は私の輩です」
きっぱりと断言する。
あまりにも予想外のその言葉に村人たちは言葉どころか正気さえ失ってしまいそうだった。
あらかじめどんなことを喋るのか知っているオレでさえ冷汗を浮かべずにはいられない。
今まで殺せ殺せと言われていた奴を味方ですと言われて信じる奴がどれだけいるだろうか。しかしサリはここから挽回するつもりらしい。
「で、ですが、蟻は倒すべき敵だと神が……」
例の宣告を真に受けた村長は受け入れられないようだけど、サリはその言葉を遮る。
「あなた方は大きく誤解しています」
沈痛な、悲しみにあふれたような表情で目を伏せる。
その表情が、できの悪い生徒や妹を笑う意地悪な表情に見えたのはオレの気のせいだろうか。
「討つ、とはただ悪石を砕くだけではありません。それはあなた方もご存じでしょう?」
サリの言葉に凪のように場が静まり返る。
しかしぽつんと波紋が浮かんだ。
「……聖別……」
誰かのつぶやきに村人たちははっとする。
「その通りです。私は今まで誰もたどり着けなかった真の聖別を開いたのです」
「な、なんですと!?」
あらま。信じてるよ。純粋だなあ。
「真の聖別とは魔物の内なる神の愛を感じ、魔物と会話することです」
村人たちは一斉にどよめく。
ちなみにサリ自身は嘘をついているとは思っていないはずだ。
適当に蟻と会話できる理由を考えろと言ったら、自分で設定をつらつらと考え始めた。
要するに、単なるサリの妄想だ。
「真の聖別を開き、神の愛を説けばありとあらゆる魔物は自然と傅きます」
その言葉に合わせて蟻が祈るようなポーズをとる。それを見て村人はまた一斉にどよめく。
村人たちは疑っていない。
サリの論理は中学生の黒歴史ノートに書かれているような痛々しい論理だ。しかし銀髪の効果なのか、それほど村人が切羽詰まっているのか、あるいはサリの演技力が想像以上なのか、誰一人として疑っていない。
これは貴重な瞬間かもしれない。
神話や宗教、特に一神教の成立にしょうもない詐欺が関わっていることの証明になる瞬間かもしれない。……別に特定の宗教をけなすつもりはないぞ?
未だ興奮冷めやらぬ村人に向かって畳みかけるようにサリは演説する。
「この娘は私が以前訪れた町で私の奇跡を直に見ました」
そんな風に美月を紹介し、今そこにいることにようやく気付いたように視線が注がれる。
「はい。銀の聖女様はありとあらゆる病を癒すことができます」
村人たちは何度目かのどよめきを経験する。
なるほど。他人に『言わせる』ことで説得力を増やすのか。勉強になるなあ。
「で、では我々の病を癒し、悪魔を退けることができるのですか!?」
「無論です。そのためにここに来ました」
断言するサリ。
直視できずに頭を地面にこすりつける者。目頭を押さえる者。村人にとってはサリの姿が太陽よりも眩しく輝いて見えるようだった。
ここで病を鎮めることができれば、この村人たちはサリを聖女だと信じ込むだろう。
そしてもちろん治療の当てはある。
こちらには抗生物質ストレプトマイシンがある。現代医術にとってペストは治せる病だ。
ただしその治療方法を見せるのは難しい。サリに確認したけれど注射という医療行為はセイノス教徒にとって体を切り刻まれることと大差ないらしい。
現代人にはにわかに信じがたい感覚だけど、クワイには薬学はともかく医術、とくに外科手術の概念は包帯ぐらいしかないのでどうしてもひと手間かけることになる。
面倒だけどこれもお芝居。舞台を整えてしっかり崇めてもらおうじゃないか。




