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396 愛と優しさの国

「これから、どうするんだ?」

 漠然とした質問に迷いなく答える。

「まずは勝つ。全部それからだ。僕たちは人間だ。人間は……人間の中でしか生きられない。それが魔物を排斥することになったとしても。僕はたとえ勝利しても何も起こらないという前提で事を進める。どんなにいびつでも僕たちが暮らしている世界はここなんだ」

「だからあんな計画を進めているのか? あんな、何人死ぬかわからないような無謀な計画」

 タストたちは教皇に具申してある計画を進めていた。蟻の本拠地を強襲するための計画。だが、それには多大な犠牲を必要とするはずだ。

「もう犠牲を少なくしようとする努力を払う時間は終わっているよ」

「なんでだよ」

 苛立ちを隠そうとせずに反駁する。犠牲を認めるならそれこそ悪党だ。そのはずだ。

「この戦いがどうなっても……それこそ誰一人死なずに勝利したとしても犠牲は出る」

「はあ!? 戦いで誰も死なないなら何で死ぬんだよ!?」

「みんな来年のことを考えていないんだ。貯えもない、手を入れなかった土地は荒れる。これじゃあ今年の冬は越せない」

 クワイは持てる力のすべてを蟻にぶつけるだろう。しかしこれはスポーツやゲームではない。戦争だ。

 持てる力のすべてを戦争に注げば、国が傾くのは当然なのだ。だから、犠牲は出る。むしろ出れば都合がいいとすら考えている。

「お前、まさか食い扶持を減らすつもりか……?」

 タストの思考を悟ったのか、ウェングが薄気味悪いものを見るような目でこちらを見ている。

 半年前の自分が今の自分を見たら同じような表情をするだろう。それくらい追い詰められている自覚はある。

「ファティちゃんには、どう説明するつもりだ?」

 ウェングはどこか説得しているようだった。

「何も説明しない。彼女には聖女のまま、その務めを果たしてもらう」

 きっと彼女は耐えられない。だから知らせない。

 ウェングは深く、深くため息をつく。思いとどまらせることをあきらめたらしい。もう、坂を転げ落ちるしか道はない。

「そこまでしてこの国は守らなきゃいけないもんなのか……?」

失礼だけど質問に答えず質問で返す。

「君はさ……この国の人々は幸福だと思う?」

「それは……」

 今まで出会った人々を思い出す。もちろんすべての人々が幸福だったとは思わない。それでも、笑顔の人々が多かったのは事実だ。

 安らかに祈りを捧げていた人がいるのは事実だ。狂気にしか見えなかったとしても、自分自身は幸福だと信じていた人が多かったのは事実なのだ。

 そうして二人は押し黙った。




 このクワイの民が幸福なのか不幸なのか、どちらだろうか。

 そもそも幸福とは何かと問われればそうそう答えが出ないことは誰の目にも明らかだろう。しかしひとまずの指標として幸福度調査をクワイの民に行ったなら結果は驚くほど高い結果になることだろう。

 よってクワイの民は幸福である。

 

 では別の観点からクワイの民の善性を測ろう。

 例えば犯罪率だ。

 この数値が地球に存在する国家の中でクワイよりも低い国家は存在しないだろう。法整備が進んでおらず、また法の目が届かない場所も多いのだが、それを差し引いても遵法精神が高いだろう。

 さらにクワイでの犯罪の大部分は貧困を原因としており、富裕層の犯罪率は圧倒的なまでに低い。

 奢侈(しゃし)に耽る成金や、権力を盾に横暴を働く貴族など絶無に等しい。もちろん上流階級同士の意地の張り合いや、縄張り争いとは無縁ではないが、それは自分たちこそが救いをこの世にもたらすという健全な競争心の発露だろう。

 これは王族が慎ましやかな暮らしを営み、教皇が一切の私心なくその職務を全うしていることからも察せられよう。

 よってクワイの国民は大部分が善良である。


 さらにクワイには戦争がない。

 千年前に建国して以来一度も戦争を行っていない。戦争とは国と国どうしの争いであるので、根本的に外国という概念を認めていないので戦争のというものが起こるはずもないのだ。

 ただ、誰も知らない事実だが、クワイという言葉が中国語の「外国」という言葉から派生した単語だ。かつてエルフたちがこの地に降りたった時、いつか自らの国に帰ることと、ここが異郷の地であることを忘れないためにそう名付けた。

自らの名が、絶対に認めてはいけないものだという、矛盾と皮肉をクワイは存続する限り抱える定めだ。

 ともあれ、戦争を行っていないという論理を詭弁であると断ずることはできよう。事実として「セイノス教にとっての魔物」と戦争を行っているのだから。

 だがしかし、同一種族での争いが全くないことは驚嘆に値する。少なくともこの千年、内乱や動乱の類が一切行われていないのだ。

 地球人類どうしの争いで一体どれほどの人命が失われたかを想えばこの事実は涙を流せるほど素晴らしいことなのだ。


 つまりクワイは一種の生物種が他の生物種を支配し、一つになった理想国家だ。愛と優しさの国。そう呼べるほどに。


 ただし、その愛と優しさは全てセイノス教が基準となっており、それ以外を決して認めない。

 団結心の強さは自分たち以外を拒絶する針山でもある。

 自らの価値観を絶対視する完成された暗黒の理想郷。

 そこに住まう人々は愛にあふれている。

 そこに住まう人々は幸福に満ちている。

 そこに住まう人々は善良である。

 その国は平和である。

 これらを満たした国は地球には過去に存在せず、恐らく未来にも存在しないだろう。


 だからこそ、「彼」は……この世界で最も強いエゴを持つ彼は、クワイにとっての天敵になりえるのかもしれない。


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うちの猫は液体です 新作です。時間があれば読んでみてください。
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