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395 理由はどこにもない

「なあ、あんた知ってたのか?」

 小屋に戻ったウェングは突然そう言った。

 目的語が省略されすぎていて要領を得なかったが何を言いたいかは理解できた。それでも反射的に聞き返していた。あるいは、自分から言葉にはしたくなかったのかもしれない。

「何が?」

「王族が魔物をあんな風に扱っていること」

「……いいや。でもあれくらいクワイでは珍しくないよ。トゥッチェでは違うの?」

「……俺たちだって飼っていた魔物が死んだら食うよ。でも無意味に殺しはしない」

 やはりトゥッチェでは魔物と人の距離が近い。だからこそ、異端視されてしまうのかもしれない。

「誤解のないように訂正するけど、ちゃんと意味はあるよ。悪石を砕いて魔物を救っている」

 セイノス教徒からすれば当然の論理だ。タストもウェングも一応セイノス教徒、つまり人間だ。

 しかし、この世界の人間ではない。だから結局本当の意味でセイノス教徒にはなれない。ウェングはそれをまだ理解できていない。

「確かにそういう教義かもしれないけど……」

「君はどれくらいセイノス教を信じている?」

 言葉を言葉で遮る。困惑しながらもウェングは答える。

「そりゃあ、神様はいるだろ。じゃなきゃ俺たちが転生できているはずはない」

「でも、セイノス教には転生の概念がない」

 セイノス教はいわゆる一神教で、輪廻転生という形態をとらない宗教だ。死んだ生き物は全て楽園へ旅立ち、安らかに暮らす。それがセイノス教の骨子であり、大前提だ。

 つまり転生者の存在そのものがセイノス教には容認できない。

「それは……何か……そう、神様について間違って伝わったとか……」

 タスト自身も似たようなことを考えていた。

 セイノス教に転生の概念がないのは何かの手違いではないかと。そんな風に自分をごまかしていた。

「違うんだよ。僕たちを転生させた神と、セイノス教はきっと無関係だ」

「おまえ……それは……じゃ、じゃあセイノス教にとって俺たちは……?」

「決して許されない存在になる」

「……ファティちゃんもか?」

「そうなるね」

 タストやウェングはある意味セイノス教から爪はじきにされている存在だ。だからセイノス教に認められなくてもそれほど気にならない。

 だが、ファティは今やセイノス教徒の敬愛を一身に集めている。そんな彼女がよりにもよってセイノス教徒にとってあってはならない転生者という存在だとは誰も想像もしない。

 今まで転生はセイノス教の神が行ったと思っていた。だからセイノス教にとって異端でもその存在は容認されるはずだった。

 神が自分たちを転生させたのなら。


「お前はなんだ? セイノス教の神はいないって言いたいのか?」

「少なくとも僕たちを転生させた神はいる。でもセイノス教の神はいるのかどうかはわからない」

 確かに地球の日本なら、神様がいるなどと言いだせば鼻で笑われるはずだ。それか新手の新興宗教の勧誘だと疑われるのが関の山だろう。

「少なくとも、あんな戦いを煽るような宣告をした何者かを味方だとは思えない」

 今にも崩れ落ちそうな床にウェングが座り込む。

「……蟻に転生した奴は……それを知っているのか?」

「本当に蟻に転生したのかはわからないけど、きっと気付いている。だから魔物を救うために立ち上がったんだと思う」

 自分たちは正義だと信じたかった。人の世を守るために生まれかわったのだと。

 しかし現実は敵には敵の言い分があった。それも、きちんと筋道の通った言い分が。

「何とか、説得とか、交渉とか……」

「僕らだけで納得しても意味ないよ。この世界の人たちが、魔物と手を取り合おう、そう思わないと意味がないんだ。もっとも僕らのことを受け入れてくれるとも限らないけどね」

「いや……でも、もしかしたらその……」

「? どうしたの?」

「敵の転生者なんだけどさ。もしかしたらティキー、いや、紅葉の子供かもしれない」

「どういうこと?」

 かつてウェングがティキーから聞いた話では、彼女が転生する前に身ごもっており、その子供は転生できなかったらしい。だがそれこそが間違いで実は転生したとしたら……?


「嬰児が転生して魔物になっていたら……そう言いたいの?」

「そうだよ! 人間にはなれなかったけど、魔物として生まれ変わったんだとしたら、話は通じるかもしれないだろ!?」

 気色ばむウェングに比べ、タストはよりいっそう表情を沈ませる。

「同じことだよ。第一、紅葉さんは行方不明だ。例えば、彼女が敵につかまっていて、交渉してくれているとするならせめて何かの反応があっていいはずだ。でも、僕らに連絡一つ寄こさない。それにやっぱり魔物に転生していたのなら、この世界の人たちを受け入れることはできないはずだよ」

「それは……」

 先ほどの殺戮の光景がよみがえる。魔物を殺す、いや救っていると本気で信じている人たちに何を言えばいいのだろうか。

「僕らは転生者だ。地球の常識があるし、多分僕らはセイノス教徒にとって一般的な教育を受けていない。境遇だったり、立場だったり、色々あるけど、本来ならセイノス教徒として身につけるべき魔物を平然と殺せる感性が養われなかったみたいだ」

 タストはルファイ家にとって石ころのような存在。ウェングはトゥッチェでは尊敬されるべきはずだった役たたず。

 ティキーやファティは、尊敬されているがゆえに当然教えられるべきことを誰も教えていなかったのだろう。最初からすれ違っていたのだ。

 転生者とクワイの民は、すれ違うしかなかったのだ。


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うちの猫は液体です 新作です。時間があれば読んでみてください。
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