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394 悪魔はどこに行った

「この、猩々(しょうじょう)というのは何ですか?」

 魔物を聖める場合必ずと言っていいほどこの猩々の名前が現れる。タストはどういう魔物なのかくわしく聞きたかった。

「それは古の銀王様が最初に聖別(マディール)を行った魔物でこの世で最も穢れた魔物と呼ばれています」

「最も穢れた……? 随分物騒ですね」

「ええ。この魔物は悪魔を憑かせることができる魔物です」

「悪魔を……?」

 セイノス教徒にとって魔物は救う対象だが、悪魔は徹底的な殲滅の対象である。……どっちにせよやることは変わらないかもしれないが……何にせよ悪魔を憑かせることができる魔物というのはそれだけで排斥の対象になるはずだった。


「猩々はあまりにも穢れており、聖別を受けた後でさえ、王族以外が触れると穢れます。故にこの王宮から決して出してはならないのです」

 つまり猩々は王族にとって絶対に秘密にしなければならない存在だ。直感的に王族、聖別、そしてこの国の秘密に向けて足を踏み入れている予感がした。

「悪魔を憑かせるとは恐ろしい魔物です。一体どういうことなのでしょうか」

 タストの勤勉な様子を快く思ったのか、国王はすらすらとしゃべりだす。

「いずこかより悪魔を呼び、悪魔を憑かせ、邪悪な知恵を与えます。時としてその心を壊すこともあると聞きます」

「……何故そんなことを?」

「よい質問です。悪魔に憑かれた魔物は穢れを溜めこみますが、その悪魔は猩々によって呼び寄せられた悪魔であるがゆえに、猩々の悪石を砕けば消え去る定めです」

「……猩々を殺……救えば悪魔が憑いていた魔物も救われるということですか?」

「正確には救われる準備が整うのです。悪魔が消え去れば穢れが消え去った魔物には神の御力が届くようになるのです。この神聖なる王宮と偉大なる銀王の血筋である我らの祈りによって神が哀れなる魔物に慈悲をくださいます。それこそが聖別です」

 陶酔した国王はタストやウェングを無視してどこか遠くに視線を向けている。

 反対にタストはどこまでも現実を見つめていた。銀王が嘘をついていないのはわかっているが、それが真実であるかどうかは疑念があった。


(はっきり言えば魔物には知性がある。神だとか悪魔とか、そんなものは多分関係がない。それなら、猩々の真の能力は……魔物にいうことを聞かせる能力か?)

 五人目の転生者は魔物を操れる。なら、それと同じような魔物がいてもおかしくない。あるいは、五人目の転生者は蟻ではなく、この猩々と同じ魔物に転生したのかもしれない。それが転生したことによってさらに強力になったのなら……あれだけの魔物を操れるのかもしれない。

 ただ、この仮説がもしも正しいのなら、極めて重大な問題が発生する。


(聖別には()()()()()()()()()()()()。そういうことになってしまう)

 もしも猩々が魔物を操り、従順になった魔物をクワイ各地に散らばらせる。それこそが聖別だというのなら、聖別の真の担い手は猩々であり、そのほかはどうでもいい。

 王族どころか神や悪魔の介在する余地さえない。ただ魔物を利用して必要がなくなれば使い捨てる、どこまでも無慈悲なシステム。

「国王陛下。もしも、ありえざることですが……猩々が反……いえ、穢れを得てしまった場合どうなさるのですか?」

 どうやって魔物を意のままにしているかは想像がついたけれど、猩々が反抗したならばどうするのだろうか。疑問は勝手に口から出ていた。

「穢れが少なければ、<光剣>や<光弾>によって聖めます。酷ければ悪石を砕きます」

 つまり、反抗した家畜は殴っておとなしくさせるか殺す。

 そんなことをとても、とても柔らかな声と表情で断言した。




 様々な疑念はある。しかしそれを口には出さない。出したところで何かが変わるわけでもない。そう達観できる程度にはクワイという国を理解できていた。


「ところで気になっていたのですが……あなたはウェングとおっしゃるのですか?」

 未だに困惑しているウェングは唐突に水を向けられて体を震わせた。

「ええ……そうです」

「もしや、あなたは我々と同族ですか?」

「ご存じでしたか」

 ウェングは王族だったが様々な都合が錯綜した結果トゥッチェに送られた。とはいえかなりの人数の王族が住んでいる王宮で自分のことまで覚えられているとはウェングは思っていなかった。

「はい。理由は言えませんがあなたはここにはいられませんでした。誰が悪かったわけではありませんが、申し訳なく思います」

「いえ……気にしていません」

 ウェングの本音としてはこんなところで一生暮らすよりトゥッチェでヤギの番をしていた方がまだましだった。

「ならよいのです。あなたがひどい仕打ちを受けていなかったようですが、あまり敬愛はされていなかったようなので厳しい態度をとらせざるを得ませんでした」

 明らかな疑問を感じたのはタストだ。

「待ってください。あなたはウェングがトゥッチェでどう暮らしていたのかご存じなのですか?」

「ええ。猩々に悪魔を憑かさせていましたから。あなたの様子は概ね把握していました」

「え……な……」

 突然の爆弾発言にウェングは二の句が継げず、自分の体に傷跡がないか探すようにまさぐる。

「トゥッチェを、監視していたのですか?」

「はい。それが我らの責務です」

 悪びれもせずに断言する。

「ああ、ご安心を。もうあなたに悪魔を憑かせた猩々の悪石は砕いておりますし、何よりあなたは偉大なる銀王の子孫です悪魔の穢れになど負けるはずはありません」

 赤子に悪魔を憑かせていた……それも驚きだけれど、問題はその目的だ。

「なぜ、そのようなことを?」

 さっきから質問ばかりしているけど、疑問が間欠泉のように湧き出てくるのだから仕方ない。

「信徒たちの暮らしを見守るためです。猩々が憑かせる悪魔は周囲の信徒にさえ悪を囁くのです。その悪魔の誘惑に屈さずに我らの子を育てることができる信徒にこそ栄達が与えられるべきでしょう」

 ……つまり。

 王族から送られた子供は監視カメラ、あるいは善悪を測るリトマス試験紙のようなものだ。

 それを悪びれもしない。各地の貴族に対しても、王族の子供に対しても、それが残酷な行為だとは微塵も思っていない。

 ちらりとウェングを見る。

 トゥッチェが冷遇された原因はウェングに慈愛を注がなかったからなのだ。ある種の自業自得ではある。だからといってウェング自身自分には何の責任もないと開き直ることはできないのか、俯いていた。


 何度も考えたことだが、目の前にいる人は本当に昼間穏やかに土を耕していた人と同一人物なのだろうか。それとも同じ人間の内面にはこれほどまでに多面性が隠れているのだろうか。

 違うのだろう。

 国王にとってそれは同じものなのだ。祖先から受け継いだ土地を耕すことと、祖先から引き継いだシステムを実行することは同じことなのだろう。

 だから心安らかに日本人としては非情な振る舞いができる。


 力なくうなだれるタストとウェングとは反対に、高揚した国王は唄うように宣言する。

「我々はこの暮らしを千年続けてきましたが、それはもはや過去のこと。もはや今生の体にしがみつく必要はありません。聖女様が世界を救ってくださるのですから」

 いつの間にかその手に握られていた聖典の外典を<光剣>で切り裂く。紙片がぱらぱらと風に流されて舞っていく。

 知識と技術をこよなく愛する人物が見れば今すぐにでも国王を殴りつけただろうが、そんな気力はなかった。

 いずれにせよこれでもはや聖別は二度と実行できない。知識は消え、担い手である猩々は今夜死に絶える。


「国王陛下。貴重な時間を我々の為に割いていただいて感謝します。我々はそろそろお暇したく存じ上げます」

「おや、もうよろしいのですか?」

「はい。見るべきものを、聞くべきものを聞きました」

 これ以上この場にいては気が狂ってしまいそうだった。……その方が楽なのかもしれないけれど。

「そうですか。では、共に聖女様の救いを見届けましょう」

「はい」

 ウェングを連れ立ってこの場を去る。

 まだまだ救済(さつりく)の宴は続きそうだった。

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うちの猫は液体です 新作です。時間があれば読んでみてください。
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