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39 幕は上げられた

 ふいーあれから少し時間が経った。

 第二の巣の整備はひとまず終了した。時間はかかったがそう簡単には敵に攻め込まれないだろう。渋リンの中にはもう完全に育たなかったものも多かったが何とか持ち直した樹もあった。来年にはまた渋リンを実らせてくれるに違いない。


 巣の内部はほとんど無事だったらしくこの巣と変わらない生活ができるらしい。一部の幼虫を向こうで育てることにした。

 オレ自身は外に出れないので、渋リンと幼虫の卵を向こうに運んで育てることにした。いっそのこと女王蟻を産めばよかったんだけど、やり方がわからない。

 ………平気でこんなこと考えるとは。ここに来た当初じゃ考えられん。


「そういえばヒトモドキの村の様子はどうなってる?」

「特に変わりないよ」

 念のため村を偶に監視させている。まあ何もないけど。万が一森を踏み荒らす真似をするならそれ相応の準備が必要だろう。今のところその兆候はない。今の戦力でこの村の住人全てを相手にするのは多分無理だ。警戒はしていた方がいい。


 彼の誤りは戦いには大規模な準備が必要だと思っていたことだ。この世界の人間は武器を用意しないが故に準備に手間がかからず、日常的に魔物と戦っていた人間にとって特別な準備など無くてもいざとなればすぐにでも戦いに赴くのだ。

 そして何より、少人数での偵察なら大掛かりな準備はほとんど必要ない。ある意味当たり前の戦術をすっかり失念していた。






 その村では今まさに二人の男が森へ足を踏み入れるための準備を行っていた。

「アグル。準備はできたか?」

「もちろんだよ兄さん」

 携帯食料や靴、魔物除けの香料などの所持品を確認する。

「ならファティに挨拶していこう」

 本来ならもっと早くに森の調査を開始するつもりだったが都の都合で遅れに遅れてしまった。どうやら西にあるスーサン領で()()が目撃されたらしく、都の腕利きや騎士団はほとんどそちらに向かってしまった。

 来年に持ち越すべきだが、母はどうしても今年中に開墾の準備に取り組みたいようだ。この状況では派遣される騎士団の人員はそう多くない。

 ()()()()強大な魔物が発見されれば話は別だが。つまりトラムたちの責任はより重大になったと言える。


 最近引っ越した、というより他人から無償で譲られた我が家の扉を開ける。

「ファティ、いい子にしていたかい?」

「もちろんです、トラムさん」

 答えたのはサリ。やや赤い髪と凛々しい顔立ちが特徴の若い女性だ。小脇に抱えた聖典を見る限り読み聞かせをしていたらしい。文字の読める者が少ないこの村では彼女以上の適任者はいないだろう。

「これから森の調査に行く」

「トラム、どこかに行っちゃうの?」

 途端に不安そうな顔をするファティ。この短期間で驚くほど成長した。他人を思いやる心をこんな子供が持っているのはなんと素晴らしいことだろう。そんな彼女の顔を曇らせたくはないがこれも務めだ。


「大丈夫、すぐ戻るよ」

 頭を撫でる。今地上でもっとも美しい銀の髪に触れる。それだけで危険な仕事を行う価値はあると断言できる。

「うん……」

 不安そうに目を伏せるが、すぐに目を上げた。

 そして重ねた両手を額、喉、胸の順に当てる。格式のある敬礼だ。最後に剣を作ることが正しい手順だが…。

「……ん……」

 白色の剣は形を成さずに陽炎の如く消え去った。

「申し訳ありません。ファティ様は練習なさっていましたが、私の教え方が悪かったようです」

「そんなことないよ」

 すぐにかぶりを振るファティ。他人の為に必死になれるいい子だ。まだ魔法が使えないことを気にしているらしく、その理由も私やみんなの喜ぶ顔が見たいから、ということらしい。

「神秘は練習すればきっと上手くなる。この仕事が終わったら私も教えよう」

「うん。約束だよ」

 花さえはにかむような笑顔を向けてくれた。この子を安心させることができたらしい。


 家の外でサリと小声で会話する。

「例の書類はすでに教会に届けてある。私に万が一のことが――」

「トラムさん。めったなことは言わないでください」

 普段の彼女はもっと勇ましい言動を好むが……ファティに長く触れ合っていたからだろうか。幾分穏やかになっている。

 実のところ彼女のこの村での立場は複雑だ。彼女の親が先代の村長だったが急逝してしまったため、代わりの人間が都から派遣されることになった。それが母だ。

 彼女は私たちを疎んじても不思議ではないが、彼女に文字を教えた姉を今でも慕ってくれている。……もしも母が亡くなれば彼女がこの村の村長になるはずだ。

 いかん。今の想像は敬虔なる信徒とは呼べない。

「上手く魔物が見つかればすぐに帰るが、長ければ三日以上森にいるかもしれん。その間ファティのことをよろしく頼む」

 彼女は無言で頷き、見事な敬礼を行った。剣は空に向けて見事な輝きを放っていた。


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うちの猫は液体です 新作です。時間があれば読んでみてください。
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