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38 もの思う蜘蛛

 ぐつぐつと煮立つ鍋を見つめる。同じ手順で蛇肉だけを調理する。料理のバリエーション少ないなー。そもそも食材と調味料が少なすぎる。日本がどれだけ食に恵まれていたのかよくわかる。

 まあ実験みたいで面白いけどな。前世では料理は必要に迫られてやっていただけだけど、実はオレって料理好きなのかな? だがいい気分で家事をしてるオレを邪魔する声が一つ。

「りょうりはまだできんのか」

「やかましい! お前は休日に食っちゃ寝してるお父さんか!」

 ちなみにこれで22回目だ。しつこいぞこの蜘蛛。

「料理には時間がかかるんだよ。さっきから言ってるだろ」

「早うせい」

 糸をうねうねさせながら牢屋をぐらぐら揺らす。脱走でもされると面倒なので話題をそらそう。

「そういえばお前は糸の動かし方を誰かから学んだのか?」

「無論、母らからじゃ」

 知的生命体の基本である学ぶという概念をきちんと理解している。蜘蛛が社会や文化を持つことはありえなくはない証拠だ。

「具体的にどうやって動かしている」

「腕を動かすのと同じように。シレーナの恩寵によって我が体と糸は動くことができる」

 後半はさておき前半は考察する余地がある。

 詳しくは話を聞くと、蜘蛛も自分の体を操るように魔法を使えるらしい。というよりも多分この糸は筋肉に近い方法で動いている。

 最初はサイコキネシスのように自由自在に糸を操っているかとも思ったが、蜘蛛の魔法は糸の結合や分子構造をコントロールする能力のようだ。ならどうやって糸を動かしているのか?

 さっき言った通り筋肉と同じだ。魔法によって収縮させることによって力を発生させている。

 あの糸の動きを見た時どことなく蛇を思い浮かべたのは糸が生物に近い方法で動いていたからだろう。そして分子構造をコントロールすることによって粘着性や強度をもコントロールしているらしい。

 恐ろしいのはそれを十数本同時に動かせることか。一流のピアニストは十本の指と足を別々の生き物のように動かせるけど蜘蛛は明らかにそれ以上だ。………やっぱりこいつに対して油断するわけにはいかない。

 例え今は妖怪食っちゃ寝にしか見えなかったとしても。


「もぐもぐ。う~ん。美味しい!」

 さよけ。

 鍋一つ分の蛇肉を一人で食べながら舌鼓を打つ蜘蛛。どんだけ食べるつもりだこの野郎。

 今頃蟻たちは第二の巣の復活と蛇肉の燻製作業で大忙しだというのに。

 ありがたいことに第二の巣では全く敵襲が発生していない。蛇があそこに住んでいたのは周囲の動物にも知れ渡っていたのだろう。そこそこ知恵のある奴はしばらく近づかないはずだ。その間に防衛体制を整えなくては。

 果樹園の立て直しや防衛設備の設置などしなくてはならないことは山ほどある。悔しいが蜘蛛抜きでそれらを万全にするのは難しい。


「あ~美味しかった。我が祖シレーナに万謝を」

「食ったら働け。とっとと糸を出せ」

 ちゅるる~と糸をひりだし、牢屋の外にいる蟻に渡す。

「ねえ、聞いていい~」

「何だよ」

「前に死んだ糸を持ってきたことあったでしょ~。あれって何したの?」

 死んだ糸? ああ、灰汁でセリシンを抜いた糸か。

「灰汁で煮込んだだけだよ」

「言ってることがわけわかんないよ~?」

 灰と煮るという概念がわからないらしい。どう説明しろと?

「えっとだな。蜘蛛糸にはセリシンが含まれていて、灰を混ぜたお湯でじっくり加熱するとセリシンがお湯に溶け出す。その化学変化によってお前が操れる糸じゃなくなるはずだ。わかるか?」

「わかんないよ~?」

 ですよねー。

 結果がわかりきっているのに説明する辺りオレって結構教師気質なのかな? 単に知識をひけらかしたいだけかもしれないけど。

「でもね~? 糸を殺すのは悪いことなんだよ~」

 は? わけわからん。殺すって……単に使いやすくしただけだぞ?

「えっとね~、糸を悪意を以て殺すべからず、という教えがあるんだよ~。それに反するとシレーナから神罰が降るんだよ~」

 言いたいことがだんだんわかってきた。蜘蛛の宗教にとって糸は神聖な物であり、それを傷つけてはならないようだ。人間には理解しづらい感情だが、糸を出す生物が宗教観を持てばそうなるのかもしれない。

 それはちょっとまずい。糸をきちんと運用するためには様々な処理が必要だ。それにいちいちケチをつけられたら仕事にならない。かと言って蜘蛛の機嫌を損なうのも避けたい。……何とかして丸め込むか。

「待ってくれよ。話を聞いてほしい。別に糸に対して悪意があったわけじゃない」

「ほんとに~?」

 こいつは悪意があるとだめだと言った。なら悪意がないことを証明すればいい。

「糸の性質を変えただけだ。お前だって粘着性を強くしたり強度を上げたりするだろ?それと同じだ」

「でもそれなら私が操れなくなるはずないんだけど~?」

 くそ、こいつ今回はしつこいな。……いつものことか。

「例え操れなくてもきちんと利用さえできれば殺したとは言わないんじゃないかな?」

 この説明では厳しいか?

「う~、それなら仕方ないかなあ」

 Yes! 言い訳成功。

「でもシレーナに対して無礼なことはしちゃだめだよ~」

「りょーかい、りょーかい」

「この世の全てはシレーナが作ったんだから。ご飯が美味しいのだってシレーナのおかげだよ~」

 その言葉にちょっとカチンとした。別にこいつらの信仰に対してケチをつけるつもりはない。だがその言い方だとオレがさっき作ったご飯までシレーナとやらのおかげになる。

 それは違うはずだ。オレが頑張って作ったんだからそれはオレと蟻たちの努力の結果であるべきだ。こいつに褒められたいとは思わないがそこは訂正しないと気が済まない。面倒なことになる可能性はあるが…。

「ちょっと待て。ご飯が美味いのは先人たちの知恵と蟻たちが頑張って食材を採ってきたおかげだろ」

「む? 確かにそれはそうだのう。貴様らを侮辱するつもりはなかった。許せ」

 おう、意外にも素直な反応。

「もっと反発するかと思ってたけど」

「獲物を獲ったものには敬意を払うべきだ。これもまたシレーナの教えだ」

 まともな教義もあるらしい。食い物を大事にするのは賛成だ。

「だがシレーナに対して無礼な言動はいかんぞ」

「へいへい。ならさあ、お前らの教えとやらを記録しようか」

 ちょっとした思い付きだ。こいつらはシレーナの教えに固執しているならそれを尊重しているふりをすればこいつのご機嫌をとれるかもしれない。オレ自身も興味はある。

「貴様らは記録できるのか」

「お前ら記録って言葉の意味が分かるのか?」

「…………」

 もしかして糸に文字でも書いてるのか? そういえば牢屋の奥に糸が置いてある。何か秘密がありそうな気がする。

 どうもこいつは牢屋に蟻たちを入れていないようだし、さっきから押し黙っていることからもどうやら知られては困ることなのかもしれない。

 こういう時テレパシーは不便だ。言い訳やごまかしが難しい。オレの場合地球での経験があるから真実だけを述べても誤魔化す方法があることを知っている。もしかしたら話術において、オレは異世界最強かもしれない。

 この情報は今無理矢理聞き出すよりもうちょっと信頼を勝ち取る、いや、奪い取ってからの方がよさそうだ。

「ひとまず蟻たちに石板の用意をさせるからな。ちょっと待ってろ」

「……わかった」

「ところでお前腹減ってるのか」

「無論だ」

 さっき食べたばっかりですよね。こいつの胃袋は宇宙なのか?

 これからの食費が心配になるな。

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うちの猫は液体です 新作です。時間があれば読んでみてください。
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