375 まがい物
「王……? そんな……国王以外に王がいるなんて……それに、国とは一体何ですか?」
「ああそっか。クワイには国という概念と単語がないのか。ようするにいろんな奴らの集まりだよ」
魔物には知性がないことになっているし、すべての同族はクワイに所属しているので、国、つまり領土や人民を備えた共同体がクワイ以外には存在しないことになっている。
つまり外国が存在しないのだ。外国がないのだから国は自分たちしか存在しない。国という単語が存在する意味がない。そういう理屈だ。
「そんな……そんなことが……」
「何だ? まだ信じられないか?」
「いえ……確かにあなた方は何というか……すごいです」
サリにはもうちょっと語彙力が欲しい所だ。でもこっそり町を見せてすごさをアピールする作戦はうまくいったらしい。
「ま、それじゃあ話を戻すけどさ。死にたくないって言ったよなサリ」
「そ、そんなことは言っていません……」
「言っていたわサリ」
美月からの援護射撃によって追いつめられたサリが少しだけ言い直した。
「確かに言ったかもしれませんが……それは一時の気の迷いです」
頑なに自分の本心を受け入れられないようだ。ヘイヘイヘーイ。もう全部げろっちまえば楽になるぜ?
「お前もしかしてさあ――――死にたくないって思うことは悪いことだと思ってないか?」
「……え……?」
ぽかんと口を開ける様子からはオレの言葉の意味を理解しかねているようだ。
きっとこいつは今まで死を恐れていない連中に囲まれて育ったのだろう。仲間の為に、世界の為に、神の為に。そんな同調圧力が蔓延した環境で生きてきたのだろう。
「死にたくないって思うことは良いことだよ。生きたいと思って何が悪いんだ? むしろそれを悪だとなじることのほうがよっぽど醜悪じゃないか?」
こと戦時下において死を賛美する風潮は強い。かくいうオレも部下に無茶な命令を下したことは一度や二度じゃないからどの口でそれを言うかと言われれば返す言葉もない。
前線に兵を送りだしておいて自分は戦わない卑怯者と罵られればその通りだと答えるだろう。
それでもオレは死にたくないのだ。うん、だからこいつを否定してはいけないし、こいつの言葉は否定しなければならない。死にたくないという意思が悪だとするのならば、オレはオレ自身を裁かなければならないのだから。
「い、いえ……聖典には魔物との戦いで逃げてはならないと書かれて……」
「逃げちゃいけないだけで生きるために最善を尽くしてはいけないとは書いてないだろ?」
サリが息を呑む。
オレもセイノス教の聖典を流し読みくらいしている。敵を知るための努力は怠ってない。
「お前は生き延びるために最善を尽くしただけだ。そのためにルールを破ったのならそれは恥じるべきかもしれない。でもお前は何かルールを破ったのか? そうじゃないだろ? なら生き延びるためにありとあらゆる手練手管を使っていいんだ」
脳髄を溶かすような言葉をぺらぺらとよく回る舌からつぎつぎと出てくる。全くオレも口が飛び出しやすくなったものだ。
オレの言葉を聞いていたサリはしばらく俯いていたが……その頬には二筋の涙が伝っていた。
「わ、私は……」
嗚咽がこみ上げてきたサリは言葉が出てこないようだ。辛かったのだろうな。頭のおかしい連中と暮らしていて。わかるよその気持ち。宗教にはまった連中は自分こそが正しいとしか思っていない。
「落ち着いてサリ。ゆっくりでいいから紫水に話して?」
美月がゆっくりと背中をさすりながら続きを促す。
「はい……。私は、ずっと皆の為に命を捨てなければならないと……でも……そんなことをする必要はないのですね?」
「ああもちろんだ。お前は生きていていい」
うむ。生きてもっとオレの役にたて。そしてさっさと裏切ってヒトモドキを罠にはめる手伝いをしろ。
オレの胸中を知らないサリはさめざめと泣いていた。
「お見苦しい所をお見せしました」
しばらくして泣き止んだサリは恥ずかしそうに謝罪した。
さてこれでサリの信用は手に入れたかな。次はどうやって銀髪の話題に持っていくかだけど……。
「見苦しくなんてないわ。あなたは素敵な人よサリ。あの銀の髪の女なんかよりもよっぽどね」
美月からやや強引だけどいいパス。
銀の髪、そう聞いたサリは体をこわばらせた。
「いえ、聖女様は素晴らしい御方です。私よりもよほど」
あらら。またさっきよりも堅苦しい感じに戻っちゃった。でも逆に言えば銀髪に対して何か思うところがあるという証明だよな。
「へえ。もしかしてお前は銀髪と知り合いなのか?」
もちろんサリが銀髪と知り合いなのは知っているけれどこう言っておいた方が話が聞きだしやすそうだ。
「はい。私とファティに血の繋がりはありませんが姉妹のような間柄です」
ファティ? ああ銀髪の名前か。
「ほおお。もしかしてあれか? 幼馴染ってやつ?」
「はい。私は彼女の養育係でした。ある時彼女が私に姉のようだと言ってくれたので私もあの子を妹のように扱うことにしました」
「なるほどねえ。美しい愛情じゃないか。でもさあ、それって本心か?」
「え?」
今までのどこか自慢する様子だったサリの顔が曇る。たった一言であっさりと揺らいでしまう。
あの銀髪がこんな奴を姉と慕う? そんなわけがない。そこにはきっと何らかの目的があったはずだ。
「もしかしたらあいつはお前を自分にとっての都合がいい手駒にするためにそんなことを言ったのかもしれないぞ?」
「そ、そんなことはありません!」
むきになって言い返すあたり、思うところがありそうだな。
「かわいそうに。きっとお前はあいつに操られているんだ」
「ち、ちがいます!」
「何が違う? 一体銀髪がお前に何をしてくれたんだ? お前のことだ。銀髪に懸命に尽くしていたんだろう? でもお前にあいつは何かしてくれたか?」
サリはますます黙っていく。いいぞ、どんどん銀髪への不信感が増している。
「でも……あの子はいつか必ず……私にも神から……力が授けられると……」
はいオレの嫌いな言葉来ました。
「いつかっていつだよ」
「それは……」
「いいかサリ。いつか、必ず、そういう言葉は詐欺師がよく使う言葉だ。そういう甘言を弄して純粋無垢なやつを騙すんだ」
「……」
いやはや全く、言葉巧みに人を騙して詐欺の片棒を担がせようなんてひどい奴だ! 自分の顔を一度よく見た方がいいんじゃないのか?
「それにな。あいつの力は神から与えられたものじゃないぞ」
多分転生管理局が関わってはいるはずだから、セイノス教は関係がない。だってあの宗教には転生という概念がないから。
いや、転生管理局と敵対する組織はセイノス教の神だとかいうオチならわからんけど。
「な、なら一体あの力は誰から授けられたものなのですか!? あれほどの力が神からの贈り物でなければ一体何なのですか!?」
「正直なところはわからん。でもそれがそもそもおかしくないか? どうしてただ力があるだけの銀髪がそこまで尊敬されなきゃいけないんだ?」
「それは……銀色の神秘によって魔物を救って……」
「いやそりゃおかしいだろ。銀髪に救われてなんかない。お前だって見ただろあのリザードマンの憎しみを。救うどころか怒りや憎しみを振りまいておいて聖女? 笑わせるなよ。あんなもん偽物だ」
そんなつもりはなかったけれどここでエシャとの出来事が役に立った。
「じゃあ、あいつは……私を騙して……心の中で笑っていたの……?」
「かもしれないな」
サリは膝が震えるほどに精神的に衝撃を受けている。でも別に笑っているとまでは言ってないけど……いや、もしかするとサリは銀髪に笑われていると思っていたのか? なかなか歪んでるねえ。よくある話だけどさ。
「ええ。本当の力とは皆を導く力です。ただ強いばかりのあの銀髪が誰かを救うことなんてありえません」
いいフォローだ美月。
そんなオレたちの言葉をどう捉えたのか……サリは沈んでいた目を輝かせて妙なことを言い出した。
「紫水様……もしや……私をここに招いたのはそのためですか?」
「……へ?」
「……はい?」
思わず美月と一緒に面食らって間抜けな言葉を出してしまうが、アッパーになったサリは止まらずに一気にまくしたてる。
「ええ、ええ! そうに違いありません! 私に備わった特別な力! 魔物とも会話できる私だけの特別な力! それをあなた様は見抜いていたのですね!」
いや、魔物と会話できるのは女王蟻の魔法でお前は全然関係ないんだけど。ていうかそれだったら今まで美月と会話できないじゃん。
などという正論をぐっと喉元に押し込める。ここが分岐点だ。サリの妄想全開のセリフを否定してしまうとこいつは味方にならない気がする。誰しも自分が特別だと思い込みたいのだ。その願望をかなえてやればきっとこいつはついてくる。
……が、オレは嘘がつけない。思念を直接送り込む女王蟻のテレパシーでは嘘をつくのが難しい。特に自分にとって間違いない事実を否定するのは無理だ。
だからこの場で嘘をつけるのは……美月しかいない。
(気付け美月! ここが正念場だ! ここでおだてれば、サリは必ず乗る!)
そうして祈るようにのぞき込んだ美月は……。
「ええそうよ。あなたは魔物と会話できる選ばれし存在。その力で私たちを導いて!」
美月いいいいい!!!!
お前最高! マジで最高! 途轍もなく純粋な笑顔でしれっと嘘をつくとか……いやいや、帰って来てから一皮むけたな!
美月の御世辞を真に受けたサリは喜色満面の恍惚とした笑みを浮かべてまたしてもとんでもないことを言い出した。
「そうよ! 私こそが聖女! 銀の聖女! 皆を導く、救世主の生まれ変わりよ!」
いやいやいやいや! 何言ってんのこいつ!? ちょっと飛躍しすぎだろ!
見ろよ! 美月も笑顔が引きつってるぞ!? アゲアゲになってるせいで全然気づいてないみたいだけどさ!
そもそもお前赤い髪で銀髪じゃねーじゃん! せめて髪の色……あれ? じゃあもしも、サリが銀髪だったならどうなるんだ?
不意に湧いた疑問から、一気に今までばらばらだった糸が繋がっていく感触があった。
「ああ、そうだな。お前こそが本物……なのかもしれん」
後半の言葉を聞き流したサリは明らかにおかしなテンションのまま宣言する。
「お任せください紫水様! 私を見出して頂いたご恩は忘れません! 必ずやご期待に応えてみせましょう! あの穢れたファティなどよりも私こそが真の聖女だと証明してみせます!」
「お、おう。頑張れ」
「ええ。ええ! あの女は穢れているのです! そうでなければあのようなことが起こるはずありません」
「あのような? どんなこと?」
「私の髪が抜け落ちたのです。古来より抜け毛は穢れの証として知られておりますが……」
いや知らんがな。などというツッコミはしない。
「あれと長く接したせいで私は穢れてしまったのです。私を穢すなどなんと恥知らずな……」
抜け毛ねえ。別にストレスとかじゃ……。
その時ふと、以前冗談で考えたことを思い出した。銀髪の魔法のエネルギー源だ。あの時オレはある物がエネルギーでないかと連想した。もちろん冗談だ。だが、もしもそれがエネルギー源だとしたらサリの脱毛の原因にもなるかもしれない。
つまり、被爆症状。
銀髪のエネルギー源は原子力ではないか?
(いやいやありえん! ありえんぞ!? でももし、そうだとしたら……)
銀髪は歩く原子力発電所どころか歩く核兵器だ。あれが戦えば戦うほど、放射能汚染がまき散らされていく。
普通に考えればそれはない。数年一緒に居て脱毛程度で済むはずがない。ただ、銀髪の魔法を浴びて生存した生命体がいないのも事実だ。
(……えらいことになったな)
この仮説が正しければ銀髪は存在自体が脅威だ。ただそこにいるだけで放射能汚染の危険がある生命体なんぞ環境そのものを破壊しかねない。
「ひとまず、色々教えてくれてありがとうな」
「お気になさらず。当然のことをしたまでです」
サリはここに来た時とは対照的に高揚しながら、自分にあてがわれた部屋に案内されていった。もちろん案内役の働き蟻は護衛に見せかけた監視だけどな。
「紫水。よかったんですか? あんな適当なことを言って」
そう話しかけてきたのは久斗だ。
「いいんだよ。それよりも悪かったな久斗。せっかく待機してもらっていたのに全く声をかけなくて」
「それは構いませんけど……」
「エシャの様子はどうだった?」
「それも、気にしてはいないようです」
「あいつにも労いが必要だな。迫真の演技だったからな」
もうお分かりだろうが――――全部茶番だ。エシャにサリを襲わせてそれを助ける。美月がサリをおだててその気にさせる。状況を見て久斗を会話に加わらせるつもりだったけどその必要もなかった。
「全部演技でもないそうですよ」
恨みつらみを上手いこと表面に出したのか。エシャもなかなか器用だな。
「それで紫水? あいつが銀の聖女ってどういうことですか?」
サリのことをあいつ呼ばわりする美月。この光景をサリが見たら人間不信に陥るかもしれない。
「以前の話だけどな。銀の聖女という題名の絵があったんだ。ただし、それにはサリの顔が描かれていた」
奇しくもあの絵を拾ったのは双子を拾った砦だった。
「あの……それが何か?」
「わからないか? あいつらは全く銀髪の顔を知らないんだよ。あれだけ信奉しているのにな。おまけに顔まで間違えてる」
思わず二人とも顔を見合わせる。
現代のように写真や動画があるわけじゃないし、銀髪はセイノス教の都合であまり外に出ない。だから銀髪の顔を知っているのはごくわずかで、銀の聖女がサリの顔をしているという勘違いが発生する。
「でも、そのう、顔を間違えて絵に描くなんて失礼じゃないでしょうか」
「んー、どうなんだろうな。そうだとしても描かずにはいられないというのが芸術家の性というやつなのかもしれない」
例えばミロのヴィーナスのように、一部が欠落した芸術品は人を魅了するのだ。わからないからこそ想像力を働かせ、自分の理想の銀の聖女を描こうとするのかもしれない。
「つまり紫水はあの女の顔をした銀の聖女の絵をばら撒いて、サリが銀の聖女だと思い込ませようとしているんですか?」
美月がオレの計略をだいたい予想してくれた。
「その通り。サリは銀の聖女じゃないけど、銀の聖女だと思い込ませることはできるはずだ」
偽物を本物に仕立て上げる――――茶番みたいな詐欺の始まりだ。




