339 迫る戦乱
会食を終えた面々は満ち足りた顔で腹をさすっている。
エシャも、珍しく食事に加わった摩耶も表情が柔らかい。
「どうだったエシャ」
「堪能致しました。これほど多様な食事を頂いたのは初めてです」
「それは良かった。実はこの食事を作ったのはそこにいる久斗だ」
「多謝を。久斗殿」
感謝の念を向けられて、久斗は顔をほころばせる。後ろで美月がむくれているけれど、大事なのは久斗とエシャをくっつけることなので我慢してもらおう。
「久斗殿と美月殿はあの憎らしい銀の女と同族のようですが……いったいどのような経緯でこちらに?」
「あー、それはだな」
ちなみに美月や久斗にも自分自身の過去はきちんと説明してある。
ヒトモドキの砦で生まれたけれど、その砦の住人は全員自害して、二人だけが取り残された。その原因であるオレの言えた義理じゃないけど、ろくでもない過去だな。
「……それは……かわいそうに……やはり銀髪の一党は生かしておくべきではありませんね」
銀髪がクワイの頂点に立っているわけではないけど……いやまああいつがそういう目的のための行動している可能性は高そうだからなあ。
「摩耶はエシャと何を話したんだ?」
「ヴェヴェ。あの銀髪の行為について話し合いました」
「ええ、あ奴は決して許せません」
摩耶は口元を拭いながらポージング。いつもながら器用だな。そしてエシャも深くうなずく。短時間で摩耶とエシャは確かに意思を統一していた。
憎しみとか怒りとか、そういうシンプルな感情は人の結びつきを強くするね。良くも悪くも。
その最たるものが差別と呼ばれる現象なのは予想に容易いけれども、今は悪意が必要なのだ。敵を駆逐し、殺し、破壊する。扇動されて戦争に向かう国がなくならんわけだ。やれやれ、オレも卑劣になったなあ。
「ところで紫水殿。この食料を我らの砂漠に届けていただけるのでしょうか?」
不安そうなエシャ。自分だけ飽食にありつくことに罪悪感があるのだろう。……少しばかり悪いニュースがある。
「どうもお前たちの砂漠とオレたちのエミシとを結ぶ最短ルートにヒトモドキの斥候がたむろしているみたいでな。大量の食料を運ぶと戦闘になるかもしれない」
「で、では!」
思わず立ち上がるエシャ。今にもこの場を飛び出してしまいそうだ。
「焦るな。最短ルートでは無理なだけで輸送手段はいくつかある。遠回りになるけど、将軍と相談して先に何人かのリザードマンに帰って仔細を説明してもらうことにした。当座の食料不足くらいなら解消できるはずだ」
「ありがとうございます」
ほっと胸をなでおろして再び座りなおす。
「それまでこっちに滞在してもらうけれど、お前らには畑仕事をやってもらうぞ」
「構いません。我らが荒らした土地の修繕ですね」
プチ焦土作戦の結果だからこいつらは何もしていないと言えばそうだけど、原因であることは間違いないので自分の責任は自分たちでとってもらおう。
傷病者が大量にいるからそれでも何らかの支援は必要だけどな。
「ヴェヴェ。ひとつ質問してもよろしいですか?」
「ん、何だ摩耶」
「その斥候が砂漠と森林の間を散策し始めたのはいつ頃ですか?」
「つい数日前みたいだ。もしかしたらもっと前からいたかもしれないけど」
摩耶は少しだけ考えてから口を開いた。
「もしやその斥候は大規模な侵攻の予兆ではないでしょうか」
摩耶の指摘は恐らく正しい。ここが地球なら偽装の可能性も考慮するべきだけど、連中はオレたちの知性というものを侮っている。大規模な軍事行動を欺瞞するとは思えない。とにかく虚をつく、騙す、ということに縁遠い連中だ。
「多分そうだろうな。徴兵しているような気配もあるから、下調べをしているのかもしれない」
摩耶とエシャの目がぎらりと輝く。早くも復讐の機会が訪れるのではないか。そう心を逸らせている。
「一応言っておくけど、全軍で迎え撃ったりはしないぞ。高原の奥深くに進出させてから補給線を断つ戦略だからな」
銀髪を倒すのは無理ゲーだけど、あいつだって食料がなくなれば死ぬ。セイノス教の教義だと聖職者は馬と鹿の肉以外は食べてはいけないはずなので、うまく逃げまわれば餓死させられるかもしれない。あいつが人目を気にするのなら、たとえ飢えていてもヤギの肉をがつがつ食えないはずだ。
後はどうやって敵を食い止めればいいか、ということだ。
「では、補給線の寸断を我らにお任せいただけますか?」
「ヴェヴェヴェ。ぜひ参加したい」
リザードマンの軍隊はかなり消耗しているからすぐには動かせない。畑仕事をさせるのは激しい戦いをさせないためでもある。
摩耶はアンティ同盟との橋渡しのような役割だから、なるべく前線に出てほしくないけど……いや、こういうやつは前線に出てこそプロパガンダになるのか?
「状況によってはそういうこともあり得る。でもわかってるな? 銀髪とは――――」
「戦いません。勝てる状況が整うまでは私情に流されません」
「ヴェ! その機会が来るまでは忍耐の日々です」
二人は共に日輪に届くように天高くを指さした。それにつられてか美月と久斗も同じポーズをビシッと決める。
……カンガルーのポージングに言語的に侵略されている気がする。
ひとまずは連中の動向を探りつつ攻撃に備えなくてはならなかった。




