337 アフターウォー
主観なので異論は大いに認めるけれども、戦争というのは事前準備が大切で、その次に後始末が大切だと思う。
だからこそこれからのことを将軍としっかり話し合う必要があった。
「つまりお前たちは茶色種族と金色種族に分かれていて金色種族が支配階級だってことか。あれ? じゃあお前はどうして茶色種族なのに将軍なんだ?」
「我々の一家はかつて金色種族を支配していた茶色種族の支配を打ち倒す手助けをしたようなのです」
ふうん。つまり下克上によって立場がまるまる逆転してしまったわけだ。ややこしい状況なのは間違いないな。
「で? お前は金色種族に嫌われているのか?」
「……」
無言。……ちょっと不躾だったな。誰かに仕える身としては答えづらいか。
「言い直そう。オレがお前たちに食料援助を申し出れば素直に受け取ると思うか?」
「難しいでしょう。彼女らはあなたを信用していません」
「……じゃあ体裁としてお前たちが奪ったという形にしてもいい」
「……それならばあるいは」
この辺りが妥協点ということか。
あーやだやだ。見栄だの意地だのそんなもんが何の得になるんだか。この手の政治センスはオレには乏しいからやりにくい。
協力を取り付けるのは難しそうだ。せめて侵攻してこないようにするのが精一杯かなあ。
「あ、そう言えばエシャ。お前たしか恥がどうとか言ってたけど何かあったのか? 嫌なら別に話さなくていいけど」
話し合いに参加している将軍の娘エシャに声をかける。今更だけど将軍も女なんだな。この世界では女性が戦うことは珍しくもなんともないけど地球人類じゃまずありえない。
「いえ、紫水様にも聞いていただきたく存じます」
様……? さっきささっと自己紹介をしてからエシャはこんな調子だ。敬われるのは気分が悪くはないけど、どうにもむず痒い。
「何があったんだ?」
「まず紫水様は死出の水をご存じですか?」
確かリザードマンは死にそうな相手の口に水を含ませるんだったか。日本の末期の水のような文化だっけ。
でもって水を含んだ相手を介錯するはずだけど、介錯しなかった相手を延々とつけ狙うことになるとか。
「一応聞いてる」
「それはよかった。私はとある女から死出の水を受け取りました。ですが……」
「とどめをさされなかったのか?」
「はい」
エシャの顔は赤く膨れ上がり、涙が浮かんでいた。どうやら死出の水を受け取りながら、生きながらえるというのは途轍もないほどの屈辱らしい。
「私は国へ帰り、ことの次第を報告した後、あの女への復讐を誓いました。ほとんどの、金色種族の方々でさえそれに賛成していただきました」
さっきから女って言ってるけど……嫌な予感しかしない。
「ですがその女はあまりにも強大でとても復讐を成し遂げられそうではありませんでした」
「……念のために聞いておくけどそいつって銀色の髪をしていたりするのか?」
「はい」
ですよねー。何やっとんねん銀髪。
「……ええっと、そいつが何でお前を殺さなかったかわかるか?」
「理解できません。する気もありません」
その目は涙と同量の憎悪で満たされているようだ。
でも妙だ。銀髪もセイノス教の一派。なら魔物は生かしておけないんじゃ……?
まさかあれに温情があるはずもない。では一体……? 何だ? エシャを見逃して何か得をするのか? いや、むしろ自分の立場を脅かす可能性さえあるはず。
そして、不意に黒い閃きが体中を駆け巡る。
「質問だけど、お前が見逃されたことは国辱とさえ受け取れるんだよな?」
「はい」
「可能であれば、国を挙げて銀髪を打ち取りたいとすら思っている。それは種族の垣根を超えるほどの感情なのか?」
将軍、エシャ、その二人がはっきりと頷く。
銀髪の行動を合理的に説明すれば一つの仮説にたどり着く。これはリザードマンへの挑発行為だ。つまり銀髪は戦乱を起こしたいのではないか?
(いやいやいや待て待て待て。いくら何でもありかそんなもん。戦乱を起こして誰が得をする……あ、銀髪は得するじゃん)
そう戦争は利益が産まれるのだ。例えば、武功を挙げて出世する。当然ながら、平和な世界ではその機会には恵まれない。例え銀髪がどれほど強くても、戦争がなければ活躍できない。
それこそ、国を巻き込んだ大戦争でも起これば銀髪は国全てから歓迎される救世主にでもなるかもしれない。
思い当たるふしはある。以前銀髪と戦ったラーテルがこっちに逃げ延びたことがあった。あれもまた見逃されたのだとしたら? あえて見逃し、他で被害が出たところを見計らって自分が事態を終息させる。
完璧なマッチポンプ。そしてゆくゆくはクワイという国家さえ乗っ取るつもりではないか。
そのためには敵が強大である方が都合がいい。そう。つまり。
(オレが対銀髪同盟を作るという発想自体が奴の掌の上だった――――?)
愕然とする。単なる強さだけではなく、銀髪はその権謀術数でさえオレのはるか上を行くというのか? オレは釈迦の手のひらで走り回る猿と同等の存在でしかないのか?
いいやまだだ。逆に銀髪がクワイを乗っ取るつもりでいるなら好都合だ。奴は国民の目線を気にするはず。期待に背くような行動はできるだけとりたくないはずだ。それが突破口になるかはわからないけど……。
まずはこいつらとの会話を終わらせてから、か。
「確かに銀髪は放置できない。でもあいつはいろんな意味で強いぞ」
「は、もちろん。ですが、いずれ討たねばなりません」
エシャの復讐心を完全には理解できないけど、それを利用して何とかリザードマンとの協力体制を構築できれば――――。
が、急に樹里から連絡が入った。
「悪い、ちょっと席を外す」
一旦リザードマンたちとの会話を打ち切って樹里からの連絡に耳を傾ける。
「実はリザードマンたちについて面白いことがわかって――――」
その報告を聞き終えた後、じっくりと内容を反芻する。
まずは偶然である可能性。例えばオリーブのように。たまたま一致しただけ。却下。そんな偶然はそうそう起こらない。
そして何故リザードマンが二つの種族に分かれているのか。おそらくもともとリザードマンは単一の種族だったはずだ。あいつらが関わっているとすれば筋は通る。
そして、この事実はリザードマンとの交渉に使えるかどうか。
エシャたちに聞いてみればわかるかもしれない。
「エシャ、将軍。少し質問があるけどいいか?」
「「なんなりと」」
「お前たちの武器はどこからもたらされたか知っているか? 開発者でもいい」
「我らの開国の始祖が輝ける槍を持っていたとのことです」
輝く槍……?
「石器じゃないのか?」
「いいえ。決して砕けぬ槍だったと聞き及んでおります」
「実物を見たことは?」
「王家の宝物庫に眠っているそうです」
……とりあえず証拠一つゲット。
「茶色種族と金色種族は婚姻可能か? あるいは子供が生まれるのか?」
「婚姻は不可能です。子供は生まれる可能性があるそうですが……もしも生まれた場合直ちに処刑する習わしです」
確信した。リザードマンの支配階級は樹里が発見した事実を隠したがっている。つまり脅しのネタに使える。後はそれをどうやって証明するか。
……手っ取り早い方法はある。
「エシャ。すこし紹介したい奴らがいるんだけど」
「私ですか?」
「ああ。一度会ってみてほしい。きっと仲良くなれるはずだ」
エシャに会ってもらいたいのは、まず戦場で拾ったカンガルーの子供。そして我がエミシにたった二人だけ存在するヒトモドキの双子。
仲良くなってくれるといいな。




