表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
341/511

333 トカゲ戦記

 敵と戦うことすらままならず、悩む将軍の耳に、いや脳に直接響いたのは一つの宣戦布告だった。

「二日後、ここから北におよそ一万歩先の平原で待つ! 誇りある戦士ならばかかってこい!」

 蟻と会話することは王より禁止されているが、一方的な布告を受け止めてはならないとまでは定められていない。

 とはいえまともに考えれば目的地に向かおうなどとは思わなかっただろう。罠でないという根拠を探す方が難しい。だがしかし、ほとんど選択肢がないことも事実なのだ。

 敵の農園や居住地を見つけても、あっさり焼かれる。かと言って地面の巣穴を攻め落とすには時間が足りない。そして何より血気盛んな若い兵士たちはもうすでに戦いに赴くどころか戦いに勝利した後の話までしている始末。見通しが明るくないのに兵士が浮足立っているのは良くない兆候だ。

 しかしこうしている間にも病で倒れる兵士やラクダは後を絶たない。

 もはや選択肢はない。

 覚悟を決め北に向かって歩を進める。そんな日に限ってじっとりとした雨が降っていた。




 リザードマンの動向を見張っていたカッコウから予想通りの進路を聞いて目論見通りに計画が進んでいることを確信する。


「そういうわけでその平原にお前の仲間がやって来るぞ」

「……」

 捕虜になったリザードマンを一人、平原にほど近い物見台のような場所に捕らえている。

 相変わらずだんまりだけど、もうこいつから情報は散々搾り取った。用済みにしてもいいけど……ま、せっかくだから最期まで付き合ってもらおう。

「さて、オレの信頼する部下とお前の上司。どっちが勝つかな?」

「将軍が勝つに決まっているでしょう」

 挑発には案外乗りやすいようだ。

「そうかそうか。ならそうだな、もしもオレの部下が負けたらお前を解放してやるよ」

「つまり、将軍が敗北することがあれば私に軍門に降れ、そう言いたいのですか?」

「半分正解。お前にあいつらをオレの下に降るように説得して欲しいんだよ。お前たちは殺すには惜しい」

 捕虜はいぶかるようにオレを見た。

「……いいでしょう。その言葉忘れないように」

「そっちこそ」

 勝算はある。というかそもそもこの勝負は圧倒的にこちら側に有利なのだ。

 天の時、地の利、人の和。この三つを万全の状態で整えているオレたちが負けるはずがない。

 ……フラグじゃないぞ!?

 あれ? なんかオレが喚くと途端にフラグっぽくなるのはどうしてだろう。




 昨日の雨によってできた水たまりに濡れ、首を垂れるように下を向く草を踏み鳴らしながらリザードマンの軍は突き進む。その数およそ一万五千。ほとんどが歩兵である。

 対する蟻の軍勢は数において優勢の二万。ただし、その兵種と種族は多様だ。

 蟻歩兵が一万三千。ラプトルの騎兵が二千。騎手も含めれば合計四千。

 豚羊が千。蜘蛛が二千。ただし蜘蛛は戦場後方の森林地帯に待機させてあるため実際に戦うのは一万八千。しかし依然としてわが軍優勢。偵察としてカッコウが数百ほど。

 ただしこちらはほとんど疲労しておらず、敵はすでに疲労困憊。この時点で優勢は疑いない。

 準備万端に柵、堀などを用意して待ち構えている。

 エミシの軍隊に一歩、また一歩と近づいているリザードマンの軍隊はエミシの軍隊と数百歩の距離でピタリと止まった。

 革の鎧に身を包んだ指揮官らしきリザードマンが下がると、砂漠の旅人のようなローブを纏った腰の曲がっているリザードマンが進み出る。捕虜によると導師と呼ばれる宗教的権威らしい。

「我らは偉大なる祖先のもたらした教えに従い、この王国を打ち立て五百年。いかなる悪鬼にも負けず、その誇りを保ち続けた」

 導師はゆったりと祖先の偉大さと、敵の悪辣さを語り続ける。

 導師が大きな戦いの前に訓戒を行うのが通例であり、それに皆黙って耳を傾けていた。


「それにしても、戦いを前にした軍隊ってのはどいつも変わらんなあ」

 今回も指揮官を務める翼と歓談できるくらいの余裕がある。

「それはどこでも変わりません。戦いを前に戦意を高揚し、その心を一つにすることは将の務めですから。我々には不要かもしれませんが」

 確かにオレはやったことないなあそういうの。蟻の場合戦えと命令すればそうするし。本来焦土作戦の場合味方を説得するのが難しいらしいけどオレは説得どころかただ命令しただけで反対の声も出てないからなあ。士気を上げるという行為とほぼ無縁だ。

「今回はただ勝つだけでなく、敵の心を折る必要があります。故に相手が勝手に調子に乗ってくれるならそれでよいでしょう」

 ここまではほぼ翼の作戦通り。適当に挑発すれば敵はおびき出せる。後はなるべく敵を殺さずに勝てれば理想的だ。というわけであの隙だらけの連中に対して攻撃を加えるわけにはいかない。

「……一発くらい撃ってもよくないか?」

「ダメです」

 翼はにべもなく答える。

 実を言うと大型の投石機なら十分射程距離に入っていたりする。演説しているアホに思いっきり石をぶつけるのはとてもスカッとすると思うんだが。

「ダメです」

 止められた。

 ……ちえ。

 そうこうしているうちにリザードマンの演説が終わり、敵が突撃らしき陣形を組んでいる。

 さて、開戦の時が来たようだ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
うちの猫は液体です 新作です。時間があれば読んでみてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ