331 ドラクルの肖像
それではみんな大好き解剖のお時間です。
まずリザードマンは哺乳類に近い生物だろう。というか大型の魔物は哺乳類に近い生物が多いみたいだけどな。ヤシガニとか海老みたいに見た目が甲殻類の場合そうでもないみたいだ。
リザードマンの場合、少なくとも爬虫類じゃないのは確定。鱗ないし。明らかに変温動物じゃないし。食性は肉食よりの雑食かな。地球人が食べるたいていのものは食えるみたいだ。
結構ヒトモドキとの共通点は多そう。どっちも二足歩行動物だからそう違うもんでもないか。
解剖でわかったのは大体こんな感じ。後は体に聞くとしよう。
まずは会話。文明人の基本ですね。朗らかにあいさつ。
牢に閉じ込めている生かして捕らえたリザードマンに話を聞こう。
「こんにちは!」
「……」
はい知ってました。ガン無視ですかそうですよね。やっぱりオレとなんか会話したくありませんか。
はっはっは。それじゃあこっちにも考えがあるもんね。
「うむうむ。実はお前以外にも捕らえた奴がいてな。そいつらと話した方がいいかな?」
「……」
まだ無反応。
「いやーでもこんなに無視されちゃったらなあ。オレも気分が良くないなあ。八つ当たりしちゃうかもなあ」
我ながらかなり最悪なやり方だな。脅して口を開かせるとか。しかしその効果は抜群だった。
「何が狙いだ?」
気位が高そうな女性、という印象を受ける声音だ。……女なのか? よく見る金色の毛のリザードマンではなく、うっすら地味な茶色っぽい毛をしている。ティウは毛がないと言っていたけど人間の産毛くらいの毛があるようだ。
ちなみにテレパシーと一緒に肉声で発生しているようだ。ヒトモドキとかといっしょのやり方だな。
「狙いなんか何もないよ。お話しようぜ?」
「……」
いやはや疑われてるなあ。信用されるようなこと何もしてないから当然だけどな。
「お前らも大変だってのはわかってるんだよ。でもいくら上からの命令とはいえいきなり侵攻してくるなんてひどくないか?」
推測込みのはったりだ。確信はない。今までの情報からの推測として上から命令されたのではないかというかまかけだ。推測なので嘘をついているわけじゃない。
「……我々は誇りの為に戦っている」
なんとも要領を得ない返答だ。どうともとれる。戦いの目的なんかもわからないし、本当に誇りとやらがあるのかもわからない。
「それは尊重するけどさ。オレたちの土地を踏みにじっていい理由にはならなくないか?」
「……」
ありゃ。まただんまり。いやでもどうもばつが悪そうにも見えなくはない。この戦いに疑問がないわけでもないのかな?
「ま、暇ができればまた来るよ」
この会話はあくまでおまけ。本当の狙いはこいつにノミが寄生できるかどうか。会話していれば注意は会話している相手に向けられる。
もしもノミが寄生できるならリザードマンにもペストが感染させられることになる。おそらく有効なはずだ。
ラクダなどの砂漠に生息している生物は極めて頑健な印象を受けるかもしれない。その発想は間違っていない。長期間の絶食に耐え、日差しをものともしない生命力は強靭そのものだ。ではなぜ砂漠を出て他の場所で繁殖できないのか。
ラクダは全体的に感染症などの影響を受けやすいのだ。砂漠では乾燥に弱い細菌などは繁殖できず、砂漠の生き物はそれらの微生物が引き起こす病に対して抵抗性が弱い。
つまり砂漠という極限環境に適応した結果、生物が暮らしやすい環境に適応できなくなってしまった。
あっちを立てれば向こうが立たない。まさしくその通り。行軍や戦闘などと言う疲労やストレスが蓄積しやすい状況なら放っておけばなんらかの病になるだろう。さらにペストが蔓延すればリザードマンはその時点でほぼ詰む。
後は時間との闘い。もちろん敵だって馬鹿じゃないから速攻で侵攻しようとしているはず。だからこそ、今からやろうとしている戦術はよく効くはずだ。
リザードマン、あるいは砂漠トカゲ。
いずれにせよ爬虫類を思わせる容姿をしている彼女たちは亡国の危機に陥っていた。作物は不作が続き、なぜか猟も成果が上がらない。
そうなればいつものやり方でよそから持ってくればいい。つまり、略奪するのである。
野蛮と罵ることは簡単だが、リザードマンにとって略奪はれっきとした仕事で、奪わなければ家族が飢え死ぬかどうかの瀬戸際に立たされているのだ。その結果見知らぬ誰かが、ましてや姿かたちも違うよそ者が苦しもうが知ったことではない。
だからいつものように手近な砦に足を延ばし――――全滅の憂き目にあった。
その衝撃は計り知れない。わずかに生き残った味方から恐るべき敵の正体を聞かされ、半信半疑だったものの、数か月後に仇敵であるアンティに殉ずる魔物どもが蹂躙される様を見て、あれには勝てないと悟らざるを得なかった。
だが困窮は歯止めがきかず、打つ手はないかに思われた。
そこに救いの手が差し伸べられた。少なくとも一部のリザードマンはそう思った。
蟻の国、エミシから使者が訪れた。戦力を貸す代わりに食料を提供する。そういう約定を取り決めようとしていた。
しかしここでエミシにとって誤算が生じた。リザードマンには二つの種族、茶色いうっすらとした毛を持つ、茶色種族。金色のやや長い毛をもつ金色種族。
二つの種族があるとはわかっていたが、金色種族が茶色種族を支配している立場だとは知らなかった。そしてよりにもよって茶色種族を交渉相手として選んでしまったのだ。
茶色種族の代表である将軍がほとんど単独でこの交渉を進めていたが、ある時金色種族の王に事の次第が全て露見してしまい、その交渉のすべてはご破算となり、逆にそれほど豊かな国を乗っ取ってしまえ、そう命令を受けた。
こうして将軍は茶色種族でありながら侵攻軍の総大将という立場に収まったのだ。もちろん敗北すれば命はなく、かといって勝利してもその栄光は王に奪われるだろう。
それでも戦うのは郷里に待つ家族のため。そしてこの戦場で並び立つ一人娘のためだったが――――。
「将軍。やはりご息女の消息は掴めません」
「そうか」
部下からの報告を受け、短く、努めて感情を押し殺した声を出す。
「恐らくは敵につかまったものかと……」
「……あれも覚悟の上だ。二度も生き恥をさらそうとは思うまい」
全国民が知っていることだが、将軍の娘エシャは銀の髪の悪魔から屈辱を受けた。死出の水を授けられたものの、何もされなかったのだ。
死出の水を授けたならば相手は必ずその命を断たねばならない。例え相手が死出の水について知っていたかどうかなど関係がない。
何しろ将軍の前で復讐を誓ったのだ。後戻りはしないだろう。
もっともあの悪魔の強さを見ればこの戦場で散った方が幸福かもしれないが……。
「将軍。もうすぐ敵の拠点の一つにたどり着きます」
無駄な思考を打ち切り、次の戦いに備える。蜘蛛の攻撃に苦戦を強いられていたが、どうにか敵の農園らしき場所についた。これはそもそも自国の食料危機をしのぐための戦いだ。彼女自身は戦いが良い方法だとは思っていないが、ここまでくれば引き返せない。
できる限り、無傷で拠点を手に入れなければならない。
そう思考する将軍の前に走り込んできたのは偵察兵だった。
「しょ、将軍!」
「どうした」
「そ、それが……」
偵察兵にあるまじきうろたえように内心でいら立つが指さした方向を見て顔色を変えた。黒々とした煙がもうもうと噴き出している。
「ついてこい」
近衛にそう告げると全速力で駆けだす。
やはりというべきだろう。目の前には農園らしき場所が業火に包まれていた。
「火を放ったのは誰だ」
息も絶え絶えながらついてきた偵察兵に射殺すような視線を向ける。事実としてこの放火犯を厳罰どころか直ちに処刑するつもりでいた。農園を焼き払うなど作戦意図を全く理解できていないとしか思えない、最悪の愚行だったからだ。
「い、いえ、違います」
「何が違う」
「火を放ったのは我々ではありません。て、敵が自分たちの農園に火を放ちました」
馬鹿な。内心で動揺する。
ありえない。自分の領地の、自分の作物を焼き払う? 正気か?
我々は一体何と戦っているんだ?




