319 葬送
戦いの日々は一旦終わった。それを実感したのは事後処理や被害の報告が刻一刻と増えているからだろう。
戦っている最中は指示を求めてくる報告も多いけれど、後始末は事務的に、自動的に進行していく。いっそのこと布団で惰眠を貪りたいけれどそれはもう少し先のことになりそうだ。まだオレしか決められないことが残っている。
「そうか。それじゃあ遊牧民たちは高原から撤退したんだな?」
ようやくバッタを駆逐し終えたアンティ同盟の実質的なトップ、ティウとの会話だ。
「はい。後数日あの場に留まっていれば殲滅できたかもしれませんが、敵の逃げ足が速かったようです」
ティウからは無念や後悔の念は感じない。こうなることを予期していたようだ。
「逆に言えば高原全体はお前たちの支配地域になったんだろ? 遊牧民が支配していた地域はどうするんだ?」
「ひとまずは私たちが管理します。いつ奴らが戻って来るかわかりませんから」
ティウの警戒する通り、問題はいつ戻って来るかだ。オレたちを甘く見てくれているならこのまま放置してくれるかもしれないけど、最悪を想定しておくべきだ。
「早ければ来年の春。少なくとも銀髪はそれまで戻ってこれない」
「確かですか?」
「間違いない。銀髪の軍を尾行させている奴からの報告だ」
お互いに安どのため息をもらす。あれの恐怖は十二分に分かち合えているようで何よりだ。
「ああ、それと北方のオーガと連絡が取れましたな」
ああ、二本足で歩くらしいセイウチか。
「どうだった」
「断られました。協力はできないと。しかし、今年は冬季攻勢を行わないらしいです」
「それ、何かおかしいのか?」
「ええ。寒さに強い彼らは冬こそ得意とする種族ですので」
それはつまり、銀髪にビビっているということか。
いいね。ただのバーサーカーなら交渉に臨むはずもない。しかしきちんと侵攻を止める頭があるなら十分なだめたりすかしたりする余地がある。
「できれば一度、何かの接点は必要かな。食料でも届けるか」
「よいでしょうな」
こうやって味方を一人ずつ増やせればいいな。銀髪の奴が頑張れば頑張るほど味方が増えていくはずだ。……あまりにも頑張られると潜在的な味方がいなくなってしまいそうで怖いけど。
そして樹海でも鵺との戦いの整理が行われていた。鵺の部下はロイコクロリディウムの幼生が寄生していたはずだから気をつけて処理しないといけない。
鵺の死体は解剖させてもらった。
初めて見る生物だし、転生者に何か体に異変があるかどうか調べたかったからだ。そして気になるものが一つ見つかった。
「その宝石か? 鵺の体内にあった宝石とは違う宝石」
鵺も魔物だから体内に宝石はある。しかし、それとは明らかに違う宝石らしい。どう違うのかは聞いてないけど。
「見た方が早い」
そう言うと解剖を担当していた働き蟻は一枚のカードのようなものを取り出した。半透明で、幾何学模様が描かれている。
それをぐにぐにと折り曲げる。スーパーのポイントカードのようだ。
……? どうみても宝石じゃないぞ?
そして突然そのカードのようなものを石のナイフで突き刺した。しかし、傷一つない。
「……は? 頑丈すぎないか?」
その後も引っ張ったり、削ったりしているが、傷一つつかない。間違いなく、まともな物質ではない。柔軟性がありながら、同時に恐るべき硬度を持つ。現代技術でもこんな物質は発明されているわけがない。
「よくわかった。そのカード一枚だけか?」
「そう」
……どう考えても転生管理局が何かしたものだな。
もしもその謎カードが体内に存在することが転生者の証だとするなら、体を解剖すれば転生者かどうか判明するってことか。
今のところ鵺以外の転生者はオレしかいないから意味がない。
「ちなみに、それはどこで見つかった?」
「鵺の延髄部分」
……とてもじゃないけど取り出したら死ぬ部分じゃないかそれ? 転生者かどうかを確かめるために死亡したら本末転倒だぞ。
「何でできているかはわからないよな?」
「わからない。けれど、動かせそうな気はする」
蟻の<錬土>で動かせるということはつまりケイ素化合物なのか? 元素がおかしいのではなく物質の結合の仕方が異常なのか……? これ以上は多分わからないな。
樹海の本拠地、その最深部。
ひっそりと静謐な、静止した世界の中に千尋とオレはいる。ここは墓場。何故か蟻が作る墓所。
そこに新たな球体の棺が加わる。
「そっかあ。寧々ちゃんはここで眠るんだね」
感慨深そうにゆったりと優しく石の球を撫でる。その八つの目は過去を見ているのだろうか。
今までここに入った蟻以外の生き物はいない。死亡して回収可能だった女王蟻の遺体は可能な限りここで埋葬している。その中にはオレが産まれた時に死んだ弟妹の遺体も含まれる。何度か巣を移したけど道端に捨てる気にはなれない。信心深くはないけれど、遺体をないがしろにするほど礼を失うつもりもない。
「紫水もいつかここで眠るの?」
考えたことはなかった。しかしそれでもいつかはオレも死ぬ。誰もが永遠の存在ではいられない。
「そうだな。お前も一緒に眠るか?」
「ううん。シレーナの教えを守らなきゃいけないから」
そう言えばそうだな。蜘蛛の宗教では葬儀は、その死体を食べることによって執り行われる。
千尋は宗教関連の話題に対して随分寛容になったけれど、それでも譲れない一線は存在する。
転生というものは確かに存在する。それはある意味この世界の宗教を否定する概念ではある。一神教であるセイノス教なんかもろにそうだ。
だからと言ってその誤りを否定するほど無粋になるつもりもない。他人が大事にするものは尊重してもよい。それが、オレたちの害にならない限りは。
しばらく何も言わず、考えず、ただぼんやりと暗闇を眺めていた。




