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316 戦場にかかる橋

 軍隊というものは結局のところ生物の集合体である。そうであるがゆえに最も貴ばれるべきは統率であり、最も恐れるべきは混乱である。

 しかしながら、一度混乱に陥った軍隊を統率するのははなはだ困難である。ましてや、目が見えない状況に陥れば。


「ワン!」

 またしても一人のアリツカマーゲイをその爪牙にかけた鵺が<咆哮>によって一軍を抉る。百にも満たない数だけれどその損害は果てしなく大きい。二度の攻撃によってこちらの防御の攻略方法を確信させられてしまったのだから。

 よりいっそうアリツカマーゲイを狙う敵の攻撃が激しくなる。しかしこちらも敵の急所はわかっている。ロイコクロリディウムの死体だ。あれさえ崩せば飛び道具とテレパシーによる指揮が可能になる。

 しかしそれは敵にとって百も承知。

 山のような敵の群れが死体を守っている。それに対してこちらは有効な攻撃ができないでいる。何とか連絡を取れたラプトルたちにそれを攻撃するように指示を出したがそれだけだ。他は目の前の敵に集中するので精いっぱいだ。

 テレパシーという通信手段を用いることが前提として存在している軍機構のため、それがないと一気に脆くなってしまう。

 千尋にいたっては自ら混沌の淵に飛び込み、それでもかろうじて指揮を執ってなんとか部隊の秩序を維持している。

 全体的な戦況はこちらが押され気味だった。

 しかしその戦況を変えるための風を巻き起こしたのは未だに統率を失っていないカッコウだった。


「コッコー。再編完了。トンボに攻撃を開始します」

 上空から一気に急降下し、カッコウがトンボを駆逐し始めた。空中での戦いでは上を取った方が圧倒的に有利だ。さらに個々の戦闘能力なら明らかにトンボの方が高いが、そこを数の力と連携で仕留めていく。もしもトンボに優秀な指揮官がいればこう上手くは行かなかっただろう。あるいは、寄生されていないトンボ本来の実力を発揮できれば個の力だけで押し返せたかもしれない。

 実のところ鵺の魔法を除けばもっとも味方を倒しているのがこのトンボの群れによる奇襲だ。

 頭上から攻撃されることの利もあるけれど、それ以上にトンボがそこにいても知覚できないということが被害を拡大させている。トンボのはばたきは蚊やハエなどと違い、低音域の音が多いので、ラプトルやアリツカマーゲイのように高音を聞き取ることが得意な生物の耳には聞こえないのだ。ましてや、視覚が利かない<暗闇>の効果範囲内では察知することは不可能に近い。

 カッコウがトンボを追い払ってくれれば戦況は一気に好転するかもしれない。しかしそれでも――。


「ワン!」

 鵺が止まらない。魔法は限定的にしか効果を発揮していなくても、その巨体とうごめく足、意外にごわついた毛皮は生半な攻撃を寄せ付けず、逆にこちらの軍勢を押しつぶしていく。

 鵺、ロイコクロリディウム。このどちらかでも無力化できれば……。

 もちろんそんな虫のいいことは起こらない。それどころか、こちらの軍全体の要を狙ってくる。

「千尋! お前を狙ってるぞ!?」

 もちろんオレの声は聞こえない。それでも迫る鵺を認めた千尋は一旦後退を始める。しかし平地では十全にその機動力を発揮できずにみるみるうちに鵺が近づいてくる。

 カッコウが少しでもその猛進を遅らせようと奮闘するが効果はない。かろうじて付近のアリツカマーゲイが生き残っているから鵺の魔法は使えない。しかしその巨体は十分に脅威だ。

 そしてついに千尋にその爪が迫る。しかし、千尋は宙に浮いた。曲芸師のようにすいすいと宙を泳ぎ回り、鵺の攻撃を躱していく。

「トンボを足場にした!?」

 蜘蛛の糸を利用した機動性は何か掴まるものがあってこそ発揮する。通常なら樹木を利用している。が、しかしこの戦場にそれはない。だからこそトンボからトンボへ飛びわたるように移動し、空中を散歩するように鵺の攻撃を回避する。しびれをきらした鵺がその大口を開けてかみ砕こうとするが……上空から舞い降りたカッコウに飛び移った千尋を捉えることはできなかった。

 そして千尋は別のカッコウに”何か”を手渡すと、手渡されたカッコウは一直線に銃撃部隊に飛んでいく。

 ……何だ? 千尋、いったい何を……?

 その時、はっと閃くものがあった。まだぎりぎり<暗闇>の効果範囲内に入っていない監視部隊に命令する。

「監視部隊! 鵺に何かくっついてないか!?」

「光るものが……あれは、糸?」

 間違いない。千尋は噛みついてきた鵺に一瞬で自分の糸をくっつけた。それはきっと攻撃や捕縛のためじゃない。

「銃撃部隊にできるだけ高い場所に行くように伝えろ!」

 カッコウを伝令に指示を伝える。後は……一瞬でいい。敵の動きを止めさえすれば……。

「くす玉はまだあるか!?」

 破裂音で相手を威嚇するくす玉。あれなら鵺の行動を止められるかもしれない。

「コッコー。あります」

「使え! 全部だ! それと、音が鳴れば撃て、そう射撃部隊に再度連絡!」

 そして千尋から糸を手渡されたカッコウが銃撃部隊に到着する。この糸はガイドだ。糸が続く方向に銃を向ければ狙いをつけなくても、目が見えなくても勝手に当たる。

 戦場を飛び越えて手渡された照準器だ。言葉がなくても、テレパシーが使えなくてもわかる。

 銃撃部隊がぴんと張られた糸に合わせて銃を構える。その直後にカッコウがトンボに攻撃を仕掛けてこじ開けた上空の道からくす玉を投下する。破裂音が再び戦場に鳴り響き、視力を失っている鵺は一瞬だけ身をすくませる。

 それを合図として弾丸が戦場を横断する。糸の先に繋がっていたのは鵺の喉笛。生物に共通した急所で、そこを潰されれば呼吸困難になり、最悪の場合ただ殴っただけでも死に至る。

 特に鵺にとっては致命的だ。喉がつぶれれば、吠えることはできないのだから。弾丸は狙いを間違えなかった。

 ひゅーひゅーと喉から空気を漏らしながら倒れ伏す鵺。立ち上がろうともがくが、力が入っていない。

 そこからはドミノ倒しのように順調だった。鵺の脅威から解放された味方がロイコクロリディウムを今度こそ完全に破壊し、トンボをカッコウが駆逐し、最終的に鵺の味方を尽く殺しつくした。

 完全勝利。そう呼んでよい内容だった。


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うちの猫は液体です 新作です。時間があれば読んでみてください。
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