315 穴あき
ロイコクロリディウムとはカタツムリに寄生する生物で、寄生虫としては比較的メジャーな部類だ。その理由はロイコクロリディウムが宿主のカタツムリを操るという特異性によるだろう。
ロイコクロリディウムに寄生されたカタツムリは鳥に食べられやすいように明るい場所に向かい、さらに姿も鳥に捕食される青虫に似せるという。
話を聞くだけで背筋が凍りそうな恐ろしい生態だが、どうやってカタツムリを操っているのだろうか?
一説によるとカタツムリの体内を移動したロイコクロリディウムはカタツムリの目に当たる触角を物理的に塞ぎ、自分が暗い所にいるという錯覚を引き起こさせ、明るい場所に移動させるのだという。
<暗闇>の魔法はこれらの生態がもとになっているのではないだろうか。
以前アリジゴクの魔法を受けた鵺が苦しんでいたのはロイコクロリディウムの魔法、<暗闇>が一時的に解除されて、視力が復活したからではないだろうか。もし鵺にロイコクロリディウムが寄生したのが産まれて間もなくだと仮定すると、鵺が目を開けたのは生まれて初めてだったことになる。そりゃ驚くだろう。
鵺にロイコクロリディウムが寄生していると気づいた最初の理由はもちろん解剖結果だ。解剖した鵺の部下からは例外なく小さな、といっても地球では巨大なミミズのような寄生虫が発見された。
これは推測だけれど、ロイコクロリディウムについているサソリの尻尾のような部位は毒を注入するのではなく、寄生蜂の産卵管のような器官であり、それを使って卵を産み付けるのではないだろうか。
つまりこの魔物はロイコクロリディウムと寄生蜂のミックスとも呼べる生態を持つ。
ロイコクロリディウムの幼虫は鵺に寄生している成虫とやや魔法が違い、五感すべてを操り、寄生した対象の行動をある程度操作できるのだろう。相手の精神そのものを操るわけではないから秩序だった行動は難しくなると仮定すれば、あの雑な行動にも説明がつく。
地球の寄生虫は特定の種類にしか寄生しない生物も多いけど、これだけ大量に、なおかつ広範な種類の生物に寄生できる寄生能力には目を見張る。
寄生虫を根絶する方法として、宿主となる生物を駆除する方法があるが、これだけ寄生できる生物が多ければその方法では駆除できないだろう。寄生虫にとって生物の免疫を突き破る、いわば寄生力とでも呼ぶ能力は生存能力に直結する。その意味でもこのロイコクロリディウムは地球の寄生虫とは一線を画す能力を持っている。
しかし所詮は寄生虫。宿主の体から一歩でも出れば無力で非力な……ってめちゃくちゃビクンビクン動いてるんですけど!? 逃げるつもりか!?
ちょ、ちょっと待てお前!? ドードーの<オートカウンター>さっきから受け続けてるよな!? 何でまだ生きてるんだよ!?
ええい、しかしこの程度計算づくだ!
「射撃部隊! 目標ロイコクロリディウム!」
「狙いよし」
このために用意した兵器、狙撃銃。<暗闇>の効果範囲外から攻撃するための手段。
硝酸と硫酸の混酸によって硝酸エステル化した綿であるニトロセルロースに種々の薬剤を合成したシングルベース火薬……もどきを火薬として使用した。ただし、砲身はほぼ全てプラスチックとガラス繊維を組み合わせた強化ガラス繊維。
もちろん本物の鉄より強靭さ、靭性は大きく劣る。金属資源が異常に少ないこの世界ではどうしても足りないものが出てくる。だがここには魔法がある。足りないものは工夫で補うのみ! 数か月の苦心の末遂に思いついた! 樹里がな!
「誠也! 銃身を補強しろ!」
「ww」
青虫の魔法<物質硬化>はただ単純に物を固くする魔法ではない。ダイヤモンドのように硬いけど割れやすい物質にも鉄のような粘りを付与することもできる。
何故それに今まで気づかなかったというと青虫本人たちもその性質を知らなかったためだ。笑えるだろ? 本人も魔法を使いこなせていなかったのだから。ともあれ、銃器開発の最大の障害だった素材の強度という問題は解決できた。
「撃て!」
地球ではごく当たり前の、しかしこの世界では初めて使われる銃器が産声を上げる。
ライフリングやら後装式やらと色々な工夫を提案したけれど、銃を開発できたのは樹里の執念の結果だ。様々な魔法とこの世界ならではの素材で強引に組み立てられた狙撃銃はオレ自身でもはっきりと仕組みが解析できないオーパーツになってしまっている。
個人での運用は難しく、狙いを定める銃手、銃身を補強する青虫、ユーカリに点火する役目。手持ちの銃というよりも大砲の運用に近い。
そのせいなのかあまり命中率は良くなく、ぎりぎりロイコクロリディウムの<暗闇>効果範囲外から狙うとなるとかなり難しい。
だから鵺は狙わない。奴は俊敏だし、体も分厚い。あくまでも試験運用の狙撃銃では確殺できるかどうかはわからない。
でも、たった今外界に出たばかりのロイコクロリディウムは動きも鈍いし、寄生虫なら硬い甲殻があるはずもない。
放たれた十の弾丸は敵の体にいくつもの穴を開け、血の花を咲かせた。
そして靄が晴れるように通信、視界、ありとあらゆる情報取得手段が正常に戻った。
「千尋! よくやった」
「うむ! そちらもな!」
これで厄介な妨害手段は消えた。後は――――。
「「鵺本体を倒すだけ!」」
その鵺は今までロイコクロリディウムがいた背中に大きな傷を負っており、動きも鈍い。多分急に目が見えるようになったせいだ。今までなかったものが急に現れると誰だって戸惑う。この機を逃すわけにはいかない。
「ドードーは散開! 他はアリツカマーゲイを中心に密集しつつ鵺に向かって前進! ラプトルはアリツカマーゲイを乗せて突撃! 後方に回り込んで退路を断て!」
ここまでくれば鵺をいかに逃がさないかを考えていい。とはいえいまだに鵺の攻撃力は健在。アリツカマーゲイ抜きでは一撃で吹っ飛ぶ状況に変わりはない。
一斉に動き出すこちらに対して敵側の動きは未だに鈍い。視力とテレパシーが回復し、万全の統率を発揮し始めた味方の敵ではない。
さらにラプトルは取り囲むように鵺の側面を横切る。しかし、そこでよみがえったように鵺が動き出す。何かを吹っ切ったのか見違えるように動き始める。
「ワン!」
鵺の<咆哮>。しかしアリツカマーゲイの逆位相の音に阻まれる。奇しくも鵺の手勢の大部分がアリツカマーゲイの近くにいたため死傷者はほとんど出なかった。
一瞬、ぐるりと鵺は戦場を見渡す。生まれて初めて色を見た色盲の人のように、辺りの色と光をしげしげと眺めている。
間を置かず蠢く足を前に向ける。もっとも激しい戦闘が行われている場所へと突撃する。
「血迷ったか!?」
そう驚くが、むしろそれは合理的な戦術判断だった。敵しかいないラプトル機動部隊を倒すよりも乱戦に突撃した方が分があると読んだらしい。
そして、こちらの要が誰であるのかも読み切っていた。
巨体がふわりと砂煙を巻き上げながら浮き上がると、数十人の味方と敵を纏めて踏みつぶした。その中にはアリツカマーゲイも含まれている。
「ワン!」
間髪をおかずの<咆哮>。アリツカマーゲイの防御を失った部隊は瞬く間にずたずたに切り刻まれた。
「やばい! 逆位相がばれた! アリツカマーゲイの守護を最優先! そしてもう犠牲を構うな! 撃て!」
後方の銃撃部隊、弓兵、そのすべてに指示を下す。ここは一気に押し切るべきところだ。
しかし、動きがない。いや、それどころか――――テレパシーが届いていない。
「――――おい!? ロイコクロリディウムはどうしたぁ!?」
後方の監視部隊に指示を飛ばすが応答がない。どうやら後方にいる部隊でさえ<暗闇>の効果範囲に入ってしまったらしい。どこだ!? あいつは!?
「コッコー。どうやらトンボが運んだようです」
返事の主は上空で体勢を立て直したカッコウだった。上空に存在するからこそ、<暗闇>の効果範囲を逃れていたらしい。
「カッコウ!? どういうことだ!?」
「コッコー。鵺が注意を引いている隙にトンボが遺体を運び、我々の中央にロイコクロリディウムを落としていった、ということです」
なるほど。確かによく見るとロイコクロリディウムの死体は確かに部隊の中央に存在した。しかし、だ。
「ちょっと待て!? あいつ死んでただろ!?」
「死体に空いた穴をご覧ください」
「は? 穴――――!?」
銃撃によって空いた穴からは血が流れる代わりに、夥しい数のロイコクロリディウムの幼生と思しき個体が埋め尽くしていた。鵺の体の中に元からいたのか、それとも他の魔物に寄生していた奴らが集まったのかはわからないけど、中身がこぼれるのを防ぐように、ふたをするように、死体の傷口に群がっている。
子供が親を守る、といえば美しく聞こえるかもしれないが限度がある。これにはおぞましさしか感じない。一時的に蘇生したのか、それとも幼生がロイコクロリディウムの失った肉体機能を補完したのか。原理はわからないが、<暗闇>は復活してしまった。
それはまあしょうがない。業腹ではあるけど、オレの想像を敵が上回るのはよくあることだ。
問題なのは何故そんなことをしているのかということ。まるで意味が分からない。
だってロイコクロリディウムの親はもう肉体的には死んでいる。馬鹿だってわかる。あの重傷じゃあ生きていない。億が一、生きていたとしても、すぐに死ぬ。さっさと見捨てて自分だけ安全地帯に避難するべきだ。なのになぜロイコクロリディウムの幼生が無理矢理親の魔法を発動しているのか。
合理的に説明するならば、鵺を援護するためでしかない。
「わけわかんねえ!? 寄生する宿主だぞ!? 最終的には捕食するかもしれない相手だぞ!? 何故命を張る!?」
同種の魔物に命を懸けるのは理解できる。アンティ同盟のように同じコミュニティに属する仲間を守るのも理解できる。しかし、ロイコクロリディウムにとって家畜に近いはずの鵺を必死になって援護する理由がわからない。
つまり、ロイコクロリディウムと鵺の間には種の垣根を超えた何かがあるのだろうか? それがオレを追いつめているのだろうか。
なるほど。
そうだとしよう。
でもな。
「それがどうした! そんなもんに負けてたまるか! 何とかして千尋と銃撃部隊に連絡を取るぞ! この際伝令でもなんでもいい! とにかく指揮を整えろ!」
戦場は混沌に満ち溢れ、同時に佳境を迎えつつあった。




