314 ヤドリミ
魔法が効かなかったショックとくす玉の破裂音から身を隠したいのか背を向けて後退する。それとは反対に鵺の群れは一斉に前進する。陣形も何もない乱雑な進行だったが、それだけに的確な対処が難しい。下手の考え休むに似たり、とも言うように適当に突撃した方が上手くいくことも多い。
こちらとしてはむしろありがたい。実のところ、アリツカマーゲイによる逆位相の音はそれほど射程が長くない。おおよそ三十メートルくらいだ。それより離れれば再び<咆哮>の餌食になる。
ただし、敵の群れ全てを攻撃に回すのならさっきみたいに味方ごと吹っ飛ばすわけにもいかないだろう。もっとも、アリツカマーゲイが全員殺されてしまえばそれこそ敵味方もろとも皆殺しにされかねない。
だからこそ、絶対に鵺の魔法では死なない奴を持ってきた。
「そろそろお披露目といこうか」
オレの声が聞こえたわけではないはずだけど、千尋はオレの想像通りの働きをしてみせた。
ガラガラと檻を運んでくると、その中にいる魔物をぶすりと突き刺した。奇怪な悲鳴を上げたその魔物はただただ前に、敵の群れに向かって突進し始めた。その数わずか二十。
未だに一万近い魔物の群れに到底抗える数じゃない。押し包むように敵はめいめいの魔法を放ち、圧殺しようとする。
しかし意味をなさない。何故ならば、その魔物には魔法が効かないからだ。
「ヒャッホウ! クマムシ最高! 魔法無効化最強!」
そう。檻から解き放った魔物こそクマムシ。決して魔法を寄せ付けない異端の魔物。
原始的とはいえ科学兵器を持つオレたちなら大したことがない敵でも、魔法を主力として戦っている魔物には覿面に効く。
なんと奴らが味方になったのだ! ……って言っても実は無理矢理脅して前進させるのが精一杯なんだけどね。やっぱり会話できない奴とは相容れないなあ。
しかし魔法を無効化するという特性は上手く使えば驚異的だ。もしもここで鵺が<咆哮>を使えば、クマムシは確実に生き残るし、アリツカマーゲイに守られたオレの部隊もきっと無事だ。
鵺にとっては自分の部下だけが削られる最悪の展開。もしもそうなれば、鵺はオレたちには自分の<咆哮>が効かない。そう勘違いしてくれるかもしれない。そうなればそれだけで敵の行動を大きく制限できるはずだ。
逆にオレたちはクマムシへの攻撃をためらわない。ためらう理由などない。クマムシの替わりはいくらでもいる。……ものすごくブラック上司っぽいせりふだな。いやまあ否定できんけど。
矢を雨あられと降らせながら敵を狩っていく。クマムシを肉盾にしつつ、後方から弓などの各種兵器で援護。場合によってはラプトルの機動力で側面を衝く。
しばらくの間、がりがりと敵を削るが鵺が動く様子はない。
迷ってるんだろう?
さあいいぞ、もっと迷え、もっと躊躇え!
お前が逃げることも進むことも、魔法を撃つこともためらっている間はオレたちの時間だ!
しかしその予想は間違いだった。鵺は躊躇っていたわけでも迷っていたわけでもない。ただ待っていただけだ。自らの増援を。
その増援を見逃したのは主に二つの理由による。
一つ、音が聞こえなかった。
二つ、女王蟻の探知能力では探知できなかった。
速すぎて気付くのが遅れた。いかんこれじゃ三つだ。
ともあれやってきたのは高速で飛行する、薄緑色の光を乱反射させる群れだった。その魔物は、トンボ。
竜巻のように飛来したそれにいち早く気付いたカッコウたちが空中で迎撃しようとするが……。
「ダメだ! 間に合わない! 一旦退却しろ!」
トンボの群れは猛烈な速度でこちらに襲いかかって来る。トンボの魔法は恐らく流体操作。わかりやすく言えば空気を操っているはずだ。つまり完全に飛行するための魔法。カッコウやミツオシエのように飛行とは関係ない魔法を使う飛行魔物じゃない。
飛行戦闘力において民間小型飛行機と戦闘機ほどの差がある。数においては圧倒的にカッコウが勝っているものの、奇襲されれば一気に瓦解してしまう。ここは一度態勢を立て直さないといけない。
そして、カッコウたちが立て直すまでの間、制空権は完全に敵に握られることになる。
頭上を埋め尽くすトンボの群れがこちらを見下し、一気に降下して襲いかかった。
「クッソが! 何で中世未満の文明で航空戦のことまで気にしなきゃならない!?」
さんざんカッコウという航空戦力を活用しているオレが言えた義理じゃ……むしろカッコウがいたからその対策として連れてきたのか……?
和香がいればもう少しスムーズに対処できていたかもしれないけど……。
千尋がいるだけまだましか。千尋の指示によってトンボに向けて矢を放ち、蜘蛛が鳥よけネットのように糸を展開する。それでもトンボは闇雲な突撃をやめない。そしてその間隙を縫って地上の鵺の手勢が一気に押し寄せる。
「アリツカマーゲイだけは守れよ千尋」
もはや千尋にこちらの指示を聞いている余裕はないだろう。数秒後には乱戦が始まるはずだ。しかしどれだけの乱戦になっても守りの要のアリツカマーゲイだけは守り抜かないといけない。あいつらが全滅すると、こちらの全滅もほぼ確定する。今はまだ気づかれてないからアリツカマーゲイが集中的に狙われることはないはずだけど、時間の問題だろう。
くそ、できることが少なすぎてもどかしい……げ!?
鵺の奴、動き出しやがった!
後方で待機していた鵺はゆっくりと罠がないかを確かめるように動き始めた。まずい。鵺は魔法無しでもあの巨体は十分に脅威だ。でかい=強い。この法則をぶち破っているのはただ一人しかいない。
それにしても……まだか!? いい加減そろそろだろう!?
オレの焦りが伝わったのかどうかはわからないけれど、鵺が足を止めた。そればかりか背中あたりを気にしてもだえ苦しんでいる。
「来た! 射撃部隊! 発砲準備! もうすぐ出てくるぞ!」
鵺の背中は何かが飛び出そうなほど盛り上がっている。いや、真実誰かが飛び出そうとしているのだ。
「何故鵺が二種類の魔法を使えるのか。何故鵺が自分自身にも不利益が大きい魔法を使うのか。その答えは単純だ。難しく考える必要はない。初めから魔物は二匹いた。鵺、お前自身の体の中に!」
ドードーの魔法は確かに<暗闇>の魔法の使い手に効果を発揮していた。ただし、鵺の体の中に隠れていたために、今まで見えなかっただけだ。鵺の背中の盛り上がりはいよいよ破裂しそうなほど膨れ上がり、血がにじんでいる。
「いい加減出て来いよ! 寄生生物吸虫の一種、ロイコクロリディウム!」
まるで脱皮するように裂けた鵺の背中から、サソリのような尻尾を持ったグロテスクな――――もはやエイリアンと見まごう程の不気味で巨大な芋虫のような生物、ロイコクロリディウムの魔物が姿を現した。




