313 闇の淵
音とはすなわち空気の振動だ。振動であるがゆえにしばしば波のうねりとして視覚的に表現される。そのうねりと対極のうねりをぶつければ音は消える。それが逆位相の音によって音が消える原理。1マイナス1はゼロであるという単純な理屈だ。
もっとも音源、この場合鵺の位置が定まっていないので逆位相の音を出すのは難しい。下手をすると音を増幅させてしまう可能性さえある。
その困難を打破したのはアリツカマーゲイの音を操る魔法だ。空気の振動そのものを操る魔法でなければ、それこそ最新鋭の現代科学技術でさえ鵺の咆哮を打ち消すことはできなかったはずだ。
これがアリツカマーゲイが練習の末に習得した鵺のための戦術。今回の戦いの防御の要になる戦術。
もしうまくいかなければここで全滅していたかもしれない。念のために一度鵺の咆哮を聞いてから実行させたけど生きた心地がしないぞ全く。
でもこれで敵の攻撃をわずかでも無力化できる。
そして鵺は予想通り、目の前の光景を信じられないように立ち尽くしている。魔物はたいてい自分の魔法が無力化されるとかなり動揺する。それは鵺も例外じゃない。
つまり今がチャンス!
「空爆だ! カッコウ!」
命令に応じてカッコウが空から球体を落とす。
ばらばらと上空から降り注ぐそれらに気付いた鵺は再び咆哮を放つ。
鵺が以前カッコウの空爆を防げた理由は鵺の魔法とオレたちの爆弾の性質がかみ合った結果による。エミシではオレの知識や材料の不足により、爆弾に雷管を使用しない。その代わりにユーカリの魔法、<発火>を用いた、発火装置と組み合わせて遠距離から起爆できるようにしている。
が、しかしこのユーカリの魔法はユーカリが一定以上損壊すると効果を発揮しない。鵺の魔法は相手が魔物、自分の声が届く、という二つの条件を満たせば必ず発動してしまうので、爆弾の内部にあったユーカリが破壊されてしまったのだ。
鵺がどこまで爆弾の仕組みを理解していたのかわからないけれど、これで爆弾は使いにくくなってしまった。だから、今回落とした球体は爆弾じゃない。
それはただ、ピンを引き抜くと薬剤が反応し、内部の空気が膨張して破裂する……騒音をまき散らすだけのくす玉のようなものだ。殺傷能力はほとんどない。
そのくす玉が地面にぶつかると電子レンジで温められた卵みたいにはじけ飛んだ。ただそれだけ。耳を潰せるほどの轟音ではない。
だが。
鵺は身をよじらせ、苦悶に満ちた表情を浮かべた。直撃したわけでもないのに。
「やっぱりだ! あいつ、耳に頼ってる。多分、目が見えてない」
今までの経験と、報告からの推察だ。鵺は眼が見えない。しかし目は存在する。もともと目の見えない生物じゃない。なら、何故目が見えないのか? 目が見えなくなる……それには心当たりがある。
つまり、鵺は鵺の魔法<暗闇>の効果を受けているのではないか?
奇妙な話だ。
自分にも不利益のある魔法は今までにもあった。しかしそんな魔法を鵺という生命体が今まで使い続けてきたなら、暗闇の洞窟で進化したトカゲのように目が退化してもおかしくないんじゃないか? その疑問を解消できる答えとは……。
「千尋からの連絡! ドードーたちの様子は!?」
<暗闇>の効果範囲内に入ってしまったため、テレパシーが通じないので後方からラプトルのエコーロケーションなどによって千尋と連絡を取り合う。普段に比べるとこの情報伝達の遅さは実にもどかしい。
「ドードーは魔法を発動させている、とのこと」
ドードーの魔法、<オートカウンター>は触れたり、自分に魔法を使っている相手を吹き飛ばす魔法。自分自身で効果を発動させられない自動発動型だけど、使用すれば疲労するから使っているかどうかは外からでも判断できる。
「よし来た! 鵺の観察! ドードーの魔法の光は確認できるか!?」
ほとんどの魔法は使用すると光を発生させる。ドードーなら魔法を発生させている対象、この場合鵺にうっすらと黄色い光が発生しているはずだ。本来ならば。
「確認できません。ですが、二本目の尻尾がなくなっています」
やっぱりな。
ドードーは魔法を使っている。でも魔法を確認できない。つまり鵺自身には魔法を使っていない。
そして、鵺の尻尾、そのうちのサソリのような尻尾がなくなっている。ここまでくればオレの仮説はもう疑いようもない。
後は、<オートカウンター>がその仮説を証明し、犯人をあぶりだすまで持ちこたえればいい。
もちろん、敵が指をくわえて黙ってみてくれるはずもない。
鵺の群れに動きがあった。




