表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
319/511

312 波の盾

 現在生存する女王蟻の中で最も古株だった寧々が死んだ。鵺の魔法は全身をずたずたに切り刻む魔法だから、小春の時のように体を動かすことさえできないだろう。

 もちろん悲しみに浸る暇などないし、そんなことは寧々も望まないだろう。

 ただただ、寧々の遺した策を講じるだけだ。蟻らしく、冷静に、淡々と、作業をこなす。

 まずは、射撃による先制攻撃だ。奴の魔法の一つ、<暗闇>の射程はおおよそ二百メートル。それ以上の射程を持つ攻撃はかなり限られる。つまりいつも通りの、投石機だ。

 開戦の合図のように放たれた巨石はそれぞれの軌道を描き――――どれ一つとして当たらなかった。

 鵺はその巨体に似合わない俊敏さで、多数の脚をうごめかせながら虫のように後退する。単独で突出しているこの状況をよしとはしなかったのだろう。これが鵺の厄介なところだ。それなりに硬く、それ以上に速く、さらに頭がいい。……そのくせ非合理な行動も多いから読みづらい。

 自分の部下に身を守らせるように部隊の奥に引っ込んだ。そのまま逃げるかもしれないと思ったけれど……待機しているだけでこちらの様子を虎視眈々と窺っている。

「……この部隊には寧々の子供がおるようだ」

 オレと血縁が近い女王蟻を狙っているという推測が確かなら、寧々が自分で産んだ女王蟻はかなりオレとも血縁が近いことになる。

 つまり鵺は積極的にこの女王蟻の子供を狙うだろう。だから奴は逃げない。……寧々の奴よくもまあこんな作戦を思いつく。


 先制攻撃が当たらなかったのなら次は軍隊同士の戦いになる。

 鵺の軍勢はとにかく雑多で、白鹿、ネズミなどの見たことのある魔物の他、オオカミのような魔物、挙句の果てには豚羊のようにこちらの味方になっている魔物もいる。

 数はこっちが二万ちょい。向こうが一万くらいか? 後続の部隊が戦場に向かっているからこちらは増援の当てがあるのに対して、向こうの数が減ることはあっても増えることはない。時間はこちらの味方だ。

 数だけなら圧勝だけど……残念ながらそれだけで勝敗は決まらない。特に鵺がいれば一気に数百人が一気に吹っ飛ぶ。

 それにこっちにはドードーを始めとした戦闘力が本来ない魔物までいるのだからあまり当てにできない。

 が、それよりも何よりも鵺の魔法が厄介だ。奴の半径およそ二百メートル以内では目がほとんど見えない。つまり、目に頼らない戦いができなければまともに戦えない。


「ラプトル、出撃!」

「「「は!」」」

 翼はいないけれど、替わりに別のラプトルが部隊を率いている。翼も目をかけている奴らしく、なかなか優秀だ。ラプトルは現状最大の地上機動戦力。この戦場にはおよそ四千ほどのラプトルがいる。そのうちの千ほどを敵に突撃させる。

 それを迎え撃つのは鵺が率いる魔軍。多種多様な魔物が二百。何かに追われるような足取りでひたすらに駆ける。

 二つの群れは激突し、すぐに趨勢は明らかになった。

 ラプトルの圧勝である。そもそも数が違う。それ以上に敵は所詮烏合の衆だ。連携も統率もなく、やたらめったにあたり散らかすしかできない。

 しかし、それは敵にとっても織り込み済みだ。

 戦端が開かれた陣の奥、未だ待機している敵の群れが突如として割れる。モーセのように割れた群れを鵺が疾駆する。

「来るぞ! わかってるな琴音!?」

 まずはアリツカマーゲイたちに鵺の声を覚えさせないといけない。

「はいはいだにゃあ」

 ぐんぐん迫る巨体はより巨大になり、そして、本日二度目の<咆哮>を放つ。


「ワン!」

 ……だから何で犬の鳴き声なんだよおおお! こいつの一番納得できないところはここだ! 何で猫の頭のくせに犬の鳴き声なんだ!?

 が、しかし激突している群れ同士はそんなことを気にしている余裕はない。咆哮が届いた魔物はカミソリが注がれたプールを泳いだようにずたずたに切り刻まれる。

 予想はしていたけどやはり鵺は自分の部下の死を何とも思っていない。だからあえて数的劣勢が明らかな状態で攻撃させた。

 一部の兵隊を突出させてから広範囲攻撃で殲滅。ゲームでなら似たようなことはよくやるかもしれないけど現実にはフレンドリーファイア防止機能はない。なんてひどい奴だ。まあオレもその行動を予想してあえて戦力を小出しにしたから人のことは言えないけどね。

 とはいえこれで鵺が攻撃するときは味方が近寄れないのは確定した。そして、鵺の魔法の限界も見えた。


「生き残っているラプトルは全員撤退! 本隊に合流しろ!」

 ぼろぼろの体を引きずりながらも一部のラプトルは何とか退くことに成功している。

 <咆哮>で一度に殺せる人数には限界がある。大体ラプトルで八百人くらいだろうか。そして鵺の部下はほぼ全滅していることから、鵺の魔法は鵺から近い順に効果を発揮し、距離が著しく離れたり、限界人数より多いと威力が激減する。音そのものに攻撃力があるわけじゃない。鵺の声が届いた魔物だけを攻撃対象にする魔法のようだ。

 そうじゃないと辺りの森や小動物が無事な理由に説明がつかない。攻撃範囲は大体百メートルくらいか。……広くね? いや百メートル内の敵味方八百人以上即死って……ひどいなおい。

 しかもこの魔法は避けることができない。逃けたければ音よりも速く動かなければならない。そんなことできるなら苦労しない。防ぐのも難しい。防音室にでも閉じこもるのが一番確実だろうか。

 なるほど。鵺が堂々としているわけだ。これだけの魔法なら恐れるものなど何もないだろう。でも、オレたちはそんな魔法にひるんではいけない。


「全軍前進だ。前衛は琴音率いるアリツカマーゲイ」

 一斉に行進を開始する。ゆっくりと、しかし一糸も乱れずに傷ついたラプトルを収容しながら前進する。

 鵺が一瞬だけ戸惑うように立ち竦む。無理もない。いきなり玉砕覚悟の特攻に挑むとは思っていなかっただろうな。

 その作戦だって考えなかったわけじゃない。奴の<咆哮>が処理できない量の兵隊を送り込めば血で道を切り開くこともできる。でもそれはあまりにも効率が悪い。だから、<咆哮>をどうにかする方法を見つけた。


 先ほどと同じように鵺は一部の部下を突出させて味方もろともオレたちを吹き飛ばすつもりらしい。しかし今回は後衛に弓兵が控えている。そうそう簡単には近づけさせない。

 しびれを切らしたのか鵺は一気に自身とオレの部隊との距離を詰める。<暗闇>が発動し、視界が閉ざされ、攻撃の手が鈍る。

 そこに鵺がまた肺と喉を大きく膨らませる。あの<咆哮>がまたしても発動する。敵の命を無慈悲に狩る魔法。回避も不可。防御も不可。

 鵺の部下たちが切り刻まれていく。死神のような魔法は、しかし、目に見えない盾に阻まれ、オレの部下には傷一つつけられていなかった。

『上手くいったにゃあ』

 テレパシーは届いていないけど、琴音がそんなことを言った気がした。

「上出来だ琴音! 防ぐことも躱すこともできないなら、鵺の声を打ち消せばいい! 逆位相の音でな! さあ! 反撃だ!」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
うちの猫は液体です 新作です。時間があれば読んでみてください。
― 新着の感想 ―
[気になる点] 鵺と銀髪をぶち当てる様に誘導する方向に発想されないのが何故なのか気になる、ラーテルの件で銀髪が引き返すまでに猶予もあったろうに…早期の段階で潰し合わせる戦略取ってれば範囲職滅型モンスタ…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ