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260 天敵

 はふう。

 近くにある巣でようやく一息。適当なはっぱを乾燥させて作ったお茶をすする。これだけでも随分心が落ち着く。お茶って偉大だ。

 それにしても大変な目にあったな。虫車がなければどうなっていたことやら。でもそういえばオレって車に関わっていい思いでがあんまりないな。交通事故で生死の境をさまよったし、死んだのも多分バスに乗っていたせいだし……オレは車に関わると命を危機にさらされる呪いにでもかかってるのか? いやすぎるぞ。

「はあ~。大変だったね~、もぐもぐ」

 隣では千尋がもきゅもきゅと食事している。

「お互いにな。被害はどんなもんだ?」

「いっぱいだね~。ただ食料にはあまり手が付けられてないみたいだよ~」

 ふむ。ということは鵺は腹が減ったからオレたちを襲ったわけでもないのか? ならなおさらオレたちを襲う理由がわからんけどなあ。

「鵺に動きはないんだよな?」

「コッコー。上空から監視していますが休息と食事を行っているだけです」

 鵺には探知能力も効かず、おまけに近づくと視界も遮られるために見張ることさえ簡単じゃない。だからカッコウたちに日夜を問わず上空から監視させることにした。カッコウなら目が見えなくなってもエコーロケーションが使えるし、距離を取って鵺の魔法の効果範囲外に出るのも簡単だ。幸い鵺は巨体だから身を隠すのは難しい。カッコウが味方でよかったよ。

「監視は絶やすなよ。ただ鵺が飛行型の魔物を味方につける可能性はある。その場合は逃げることを優先していい」

 鵺がどういう手段で他の魔物を手懐けているのかはわからないけど完全に制限がないのならそういう展開も考えておいた方がいい。


「それでこれからどうするの~?」

 これからか。

「まずは他の奴らと連絡を取らないとな」

 テレパシーを使って部下たちの状態を報告してもらう。

 次々と作業や準備の報告が入って来るけれど、少なくとも仕事が滞っている場所はなさそうだ。オレ無しでもきちんと仕事を進めてくれているのは嬉しいような悲しいような少し複雑な気持ちだ。


「まずはどこのだれが敵でどう対処するかを決めようか」

 脳裏に浮かぶのは翼、瑞江、千尋、和香、寧々の五名。

「まずは遊牧民。それからバッタ。最後に謎の生物、鵺。さて、どの敵を優先するべきだろうな」

「まずは王の身を第一に考えるべきかと」

「コッコー」

「ええ全くです。その鵺を何とかするべきでしょう」

 ……まあオレもそのつもりだけど……こうやって全員が口をそろえるとはなあ。なお瑞江は無言だったので無投票扱いだ。

「そうは言っても鵺の魔法がわからないうちには攻勢に出られないからな。当分は逃げ回りつつ情報収集だな。カッコウには一番働いてもらうけどいいな?」

「コッコー」

「逆に優先しなくてもよいのは遊牧民でしょうね」

「だな。あいつらが一番無害だ」

 何しろあいつらは砦を攻略できない。はっきり言えばほっといても損をしない。念のために別の場所に移ろうとしてもあの砦に留まらせる作戦は授けてあるからもう何もする必要はない。まあ砦に割いている戦力を少しでも別の場所に移動する必要があれば倒さなければいけないかもしれない。

 いやはや自分たちが心優しくて何物をも傷つけないと思われてるだなんて連中が知ったら感動でむせび泣くんじゃないかな?

「となるとまず攻略すべきはバッタでしょうね」

「ですね。一番急がないといけません」

 鵺は訳が分からんから遅滞防御。遊牧民は砦の連中に頑張ってもらう。そうなると解決するべきはバッタか。

「捕らえた連中をどうするつもりですの?」

「もちろん実験するんだよ。多分このままだと蝗害の阻止ができない」

 ティウたちから聞いた話だと殲滅速度よりも敵の増殖の方が早い。それを阻止するためにアンティ同盟は戦力を分散するつもりみたいだけど一か所でも殲滅し損ねると余計に厄介な事態になりかねない。

「王。具体的にはどうするつもりですか?」

「あいつらに効く毒を作って一度に纏めて殺す。毒じゃなくても大量に殺す兵器が必要だ」

 端的で直接的かつ暴力的な言葉に全員が身を固くする。つまりバッタを捕らえたのはいかに効率よく殺せるかを測るためだ。仮にダイナマイト一発で百匹殺せるとしても三万発必要だ。とても足りない。最低でもそれより効率のいい兵器を作らなければ。

「そのような毒があるのでしょうか?」

「寧々の疑問はもっともだけどな」

 この世界はあまり強力な毒を持つ生物がない。もちろん食べたら腹を壊すくらいの毒植物は結構多いけど、即死するような猛毒はそれほど多くない。さらに毒によって積極的に獲物を致死させるために用いる動物も蛇くらいだ。

 なら無機化合物ならどうか? 残念ながらこの世界は今一つ資源に乏しい。現状の資源採掘だと、あの大群を確実に殺傷できるほどの量の毒を合成するのは無理だ。

 だから方法は簡単だ。


「ないのなら作ればいい」


 至極まっとうな提案に部下たちは少しだけ沈黙した。

「ん? どうかした?」

「いえ、紫水らしいですね」

「そうだね~」

 オレらしいか? まあそうかもな。戦って勝つよりも作って切り開く方が気分がいい。

「王。その当てはあるのですか?」

「ま、一応な。ひとまずカプサイシンとか今までに作った毒。後は病気を蔓延させる方法」

 当たり前だけど昆虫にだって病気はある。そしてあれだけ密集していればそのリスクは飛躍的に上昇する。何しろ野外で食料が慢性的に足りていない状況だ。風邪をひくなという方が無理がある。

 あとこれはできれば使いたくないんだけど……。

「ただの病気じゃなくて……カビとかもまあ……考慮に入れた方がいいかもしれない」

 実のところ、バッタ、特に群生相を形成したバッタの最大の天敵はカビだ。大発生したバッタに寄生するカビが大繁殖してバッタの数を一気に減らすことはよくあることだ。自然界のバランスとは本当によくできている。

 あのカビに頼らなくてはならないことは全くもって遺憾だけど選り好みもしていられない。ただ魔物の免疫系はとても優秀だし、昆虫でもないバッタにカビは簡単に生えないはずだ。

 が、逆に言えばその免疫さえも突破できるカビがいれば一気にバッタを駆逐できるかもしれない。

「ああなるほど。ワタクシの子供たちを呼んだのはそういうわけですね?」

「そ。お前たちは実験で捕らえたバッタの部屋の湿度を管理してもらいたい」

 カビの発生条件に湿度が関わることは珍しくない。海老の魔法ならその辺りの条件を操作しやすい。

「ですがそれは高原の環境に合わない作戦ではないですか?」

「そうなんだよなあ。高原は乾燥してるからなあ。どうしても天候に左右される」

 うまい具合に雨でも降ればその作戦で何とかなるかもしれないけど確実性に欠ける。

「病気にせよ、カビにせよ、実験個体を解剖する必要がありますね」

「そうだな寧々。できれば寄生虫なんかも調べてくれると嬉しい」

 動植物の個体数が寄生虫によって一気に激減することは珍しくない。寄生虫を何とか培養して大量にばらまいたりできれば状況は好転する。

 生物農薬の考え方だな。殲滅したい生物の個体数が多ければ多いほど有効になる。天敵の導入は慎重に検討しないといけないけどさ。下手をすると生態系を破壊するからなあ。

「オレと千尋と和香は鵺に対処しないといけないからアドバイスくらいしかできない。実験はお前たちに任せるぞ寧々、瑞江」

「お任せを」

「仕方がないですわね」

「翼には悪いけどしばらくは待機だ。いざとなればこき使うから覚悟しろよ」

「委細承知」

 ひとまず大体の方針は固まったな。全く、三正面作戦とか勘弁してほしいな。それにしても……。

「オレたちはよく面倒ごとに巻き込まれるなあ」

「むしろ今まで面倒ごとに巻き込まれないことってあった~?」

 ……。

「ねえよちくしょう!」

 いつもいつもたいてい何かやるたびにトラブルに巻き込まれてるよ! 文句あるかあ!

 会議はオレの悪態で幕を閉じたのだった。


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うちの猫は液体です 新作です。時間があれば読んでみてください。
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