258 逃亡中
グラグラと揺れる虫車に乗りながらテレパシーが送られてくる。
「エミシの長。無事でしたか?」
「ティウか? 一応無事だ。そっちの話はまとまったか?」
いきなり会議をぶっちぎったから心配されていたらしい。
「もうすでに話し合いは終わっておりましたので問題ありません。ひとまずはバッタを監視しつつ巨大な群れを叩くという方針です」
それしかないよな。
「どこにどう兵を向かわせるか決めてあるのか?」
兵力を集中させるのは兵法の初歩だ。しかしそれはあくまでも敵が軍隊として行動している場合。バッタは戦術や戦略などへったくれもないただ単にエサが欲しいだけの烏合の衆。ただいかんせん数が多いくせに高原に散らばっているため一か所に兵力を集中させると間に合わない可能性がある。
「まだですが、何か考えがおありで?」
「ん……話半分くらいに聞いておいてほしいけど、一応バッタを大量に倒すプランはあるんだ。ただしそれが実行できるかどうかは正直わからん。二、三日くらいの時間はあるか?」
「恐らくはその程度の時間はかかるでしょう。行軍の先を変更することも不可能ではありません。ですが策があるならお早めに」
「善処する」
婉曲的な御断り表現ではなく本気で善処しなければならない。寧々に頑張ってもらっているけどオレのやりたいことをまだ理解はできていないはず。とりあえず安全な場所からバッタ対策の指示を送らないと――――。
「紫水! 奴が向かっておるぞ!」
「はあ!?」
千尋の叫びに素っ頓狂な声を上げる。……いやいやちょっと待って!?
「あいつって例の魔物だよな!? オレの方に来てるのか!?」
「うむ!」
何でやねん! ボケてる場合じゃない! あ、いやこれはボケじゃなくてツッコミか?
落ち着けおちつけ、ふうう。
「よし落ち着いた。それで? まっすぐこっちに向かってるのか?」
「あの巨体では森の中を速くは走れぬ。途中までは強引に突っ切り、次に道なりに進むはずじゃ」
「ってことは虫車よりも速く走れなければ追い付けることはないのか」
ちらりと後ろを眺める。何かが走ってくる様子はない。虫車はかなり速いし持久力もある。あの巨体でもそう簡単には追い付けないはずだ。
密かに安心する。
そう。
鵺だけなら追い付かれる心配はなかった。
だけならば。
森の木々と茂みからがさごそと何かが走る音。
「……? 探知能力に反応はない……でも、何かいる?」
疑問に感じたその数秒後。零れ落ちるようにネズミの群れが道に踊りだした。
「なっ!? くそ、こいつら鵺の部下か!? おい大丈夫か!?」
今三つの虫車は縦に並んで走っている。オレは列の真ん中の虫車で一番守りやすい場所にいる。
「問題ない」
その言葉通り虫車はネズミを踏みつぶし、ひき潰し、それでも止まらずに爆走する。エアレスタイヤのおかげでパンクする心配もなく、炭素繊維やガラス繊維で作られた車体はネズミくらいではひびすら入らない。頼もしいよ全く。
ただネズミはどう見ても魔物だ。しかし探知能力に反応がない。
「こいつらも鵺の魔法に影響を受けているのか?」
その言葉を裏付けるかのようにネズミたちの行動は明らかな異常がみられる。味方同士で押し合ったり、樹木に体当たりしたりとまともじゃない。
しかしオレ自身に鵺の魔法が働いている様子はない。
「単純に距離だけじゃなくて何か発動に条件があるのか? いやそもそもこいつらは何で鵺に従ってるんだ? 鵺もテレパシーが使えるのか? いやでも多種族間のテレパシーは魔法じゃないとなかなか成立しないはず。じゃあ魔法が三つ以上使えることになっちゃうぞ? ありえるのか……?」
ぶつぶつと独り言をつぶやき思考に没頭する。その隙を見計らっていたのか、ネズミではない巨大な影が躍り出る。
「ガアアアアア!」
「またお前かよ白鹿ぁ!」
一心不乱の様相で前列の虫車に突撃したのはたまに見かける白鹿だった。角から白い光を瞬かせ、一切減速せずに激突する。
離れているこちらにさえ衝撃が伝わり、それに次いで虫車の部品が宙を舞う。
さしもの虫車も耐え切れずに横転し、その動きを止めた。しかしその代償として白鹿の角は砕け、首があらぬ方向に曲がっている。間違いなく絶命しているだろう。
そして不運にも、横転した虫車は後列の虫車の進路をものの見事に塞いでいた。
「止めろ!」
虫車はギアチェンジのような機構を備えてはいるし、ブレーキのようなものもある。しかしそれはあくまでも補助的な機能であり、自動車のように道路に飛び出した子猫をひかずに済むほどに優秀な静止機能ではない。
先ほどの衝撃程ではないにせよ思わずつんのめるほどの揺らぎに二度襲われる。一度目は前方の虫車、二度目は後方の虫車に衝突したためだ。見本になるほどに典型的な玉突き事故。
「……っ! 虫車をどけろ!」
一瞬の忘我の後に命令を下す。自身の危機において度を失わずに済んだのは経験からか。
とはいえそれを黙ってみてくれるはずもない。ネズミたちは積極的に攻撃をしてこないもののちょろちょろとはい回りこちらの邪魔をする。
何とか前列の虫車をどけると、背後から地響きが迫って来るのを肌で感じていた。




