257 逃れ者
「クッソが! 何がどうなってるんだよ!」
謎の魔物……ひとまずは多数の動物が複合した姿から鵺と呼ぶことにするか。日本の色々な動物が融合したような妖怪の名前だな。
鵺の攻撃によって被害を受けているのは間違いない。連絡が行われてないことからフェネックみたいにテレパシーを妨害する方法があるのかもしれない。最近テレパシーメタ多くないか!? テレパシーが使えないとオレの存在意義が揺らぐからやめてほしいんだけどな!
ええい愚痴っても意味ない。
「千尋! お前は今どこにいる!?」
「巣の中! 出口の近く! そこで連絡を受け取った!」
どうやら騒ぎを聞きつけて外に出ようとしたらしい。こういう状況だとオレと働き蟻の中間の指揮官を務められる千尋がいてくれるのはとてもありがたい。だからこそ千尋を失うわけにはいかない。
「お前は外に出るな! そこで状況の把握と報告! とにかく偵察を送り出して何が起こっているのか探ってくれ! オレは他に連絡が取れる奴がいないか聞きまわる!」
「うむ!」
魔物の習性と呼ぶべきなのかどうかはわからないけど、魔物は自分の魔法が使えないと途端に落ち着きを失ってしまう。例えばスマホを落とすと半狂乱に陥る人がいるように、テレパシーが使えないと途轍もなく不便であることにいやおうなく気付かされる。
幸い巣の内部にいる蟻には問題なく連絡を取れるから効果範囲は確実に存在する。その辺りの隙間を潜り抜けて統制を取り戻しつつ情報を集めないと。
「紫水。まず魔物に襲われておる。それはいいな?」
千尋からの連絡は突然来た。もちろん文句は言わない。
「うんわかってる。ちらっと相手の姿も見えた」
「我々を襲っている魔物は複数いるようだが、中心になっておる巨大な魔物がいる。連絡が取れなくなったために個々人で応戦を始めたようだ。そしてどうも、その巨大な魔物の近くに行くと目が見えなくなるらしい」
「目が見えなくなるって……うっとおしいなその魔法。テレパシーが使えないのはその魔法の優先順位が高いせいか?」
女王蟻の長距離多種族用テレパシーも魔法の一種。精神に関わる効果だから同じく精神に影響を与える魔法が発生していると通じなくなることがある。
ということは、物理的に暗くするのではなく、脳に影響を与えて視覚を閉ざす魔法か?
「偵察としてその魔法の効果が届かないぎりぎりの場所で待機するように命令した。そ奴と感覚を繋げろ」
「おっけー、いい判断だ」
多分テレパシーが届かなくなった蟻は脅威だと感じた敵に対してしゃにむに突撃を繰り返していたんだろう。目が見えないこともそれに拍車をかけていたのかもしれない。こういう時エコーロケーションが使えるラプトルがいてくれるとありがたいけど……残念ながらいない。奴らはできる限り高原に送り込んでいたからだ。
そして千尋が偵察に送り込んだ働き蟻に感覚共有すると、確かにあの魔物――――鵺がいた。
何度見ても生き物をごちゃ混ぜにして強引に縫い付けた悪趣味な生き物にしか見えない。一体何をどうしたらこんなものが生まれるのか。そして鵺は整備された道路を猛進している。
働き蟻たちはなんとか食い止めようとしているが、戦況は芳しくない。目が見えていなければ弓矢のような飛び道具は巨大な標的が相手でも当てられない。
恐らく二百メートルくらいが奴の魔法の射程距離らしい。弓矢でそれだけの距離からダメージを与えるのは難しい。畢竟、接近戦に持ち込まれてしまう。でもまあ相手の魔法はわかった。後は何とかして対策を取れば……。
しかし。
鵺が吠える。
天に刃向かうように。地に突き立てるように。人に仇なすように。
瞬間、奴の近くにいた働き蟻の体が一瞬で血まみれになった。ある者は吐血し、ある者は切り裂かれ、ある者は皮膚から血しぶきが舞った。
何が起こったのかはわからない。しかし、間違いないことが一つ。これは魔法だ。
「ふっざけんなあああ! 何で魔法を二種類使ってんだよおおお! 魔法は魔物につき一種類のはずだろ!?」
それとも、まさかこいつが――――西藍!?エルフを滅ぼしかけた西にいる敵!? ……いや、多分違う。こいつにはどこにも青い所はない。なら、いったい何なんだこいつは!? 本日何度目だこの疑問は!?
それに何よりも――――この魔法はかみ合わせが良すぎる。
目を見えなくして接近戦を強制し、近づいたところに広範囲攻撃魔法を撃つ。
どうしろってんだこんなもん。
ぐぬぬぬ。こうなったらあれしかない。
古来より続くありとあらゆる生命体最強の生存戦略! それは!
逃げる!
「千尋。オレは逃げる。お前はもう少しだけ残って誰かを殿にさせてから逃げろ」
あんなわからん殺し連発してくる奴と戦っても犠牲が増えるだけだ。オレがさっさと逃げて部下もさっさと逃がす。これが今できる最善だ。もちろんこのままで終わらせるつもりはないけれど。
「ここまで攻め込まれればやむなし。まずは逃げるがよい」
こういう精神性は本当にありがたい。地球だと指揮官が逃げだしたなんて知られたら士気がガタ落ちして戦いどころじゃなくなるけど蟻ならそんなことで士気は落ちない。必要なことだと認めれば絶対に従ってくれる。
いざという時に備えて作っていた脱出路に向かい、さらに用意しておいた虫車の三台の内一つに乗り込む。
「じゃ、頼むぞ」
「んだんだ。任せるだよ」
高原から連れてきたスカラベに頼んで虫車を動かさせる。このスカラベには隠れて鵺をやり過ごしてもらおう。虫車の弱点は魔法を発動させたスカラベが死んじゃうと動かなくなることだからな。
ふははは、鵺よ、残念だったな。敵と戦う準備はあまりしてないけど、逃げる準備だけはいつでも抜かりないのだ! ではさらば! 二度と会いたくねえよ!
あたりの敵を薙ぎ払う鵺は明後日の方向を見やるとひくひくと猫の頭を動かし、進んでいた方向とは別の方向へと走り出した。彼が逃げる先へと。




