254 未知への探求
予定通り砦まで退却し籠城戦に持ち込んだ。遊牧民の部隊は一度攻撃を仕掛けてきたけど、びくともしない様子を見て、偵察兵だけを残して一度退却した。
これで砦をガン無視されると今までの苦労が水の泡になるところだったけど、奴らは野営地を砦の近くに移して城攻めを開始する様子を見せた。この時点でオレたちの作戦の八割は完了したとみていい。
そして数日がたち……。
「……どうにも先日の評価を撤回したくなりましたね」
「全くだ」
あえて砦の中には入らず、外で遊撃部隊として活動することを選んだ翼と二人で呆れる。
遊牧民の城攻めは……あまりに稚拙すぎた。それでもティマチよりはましだったけどもうちょっとやり方があるのでは?
例1 騎兵を突撃させる。しかも砦の壁に。
例2 門に対して集中攻撃。ちなみに門はそれっぽく見せかけただけのダミー。
例3 壁をよじ登ろうとする。これは結構惜しかったけど結局壁を越えられた兵隊はいない。
……まあこんな感じ。穴でも掘って来るかと思ったけど……そんな様子はない。
「多分城攻めが初めてなんだろうと思ってたけど案の定だな」
「ですが奴らも城は作れるのでは?」
「確かにあいつらの建築技術はそれなりだけどさ、ヒトモドキの他に城や砦を作れる技術を持った奴があんまりいないだろ?」
「ということは城攻めの方法を模索するなら仮想敵は自分たち自身になるわけですね」
「そう。あいつらにとって同族同士の殺し合いはご法度だからな。真面目に研究した奴はあんまりいないはずだ。仮にどこかに城を作れる魔物みたいなやつがいたとして、その攻略方法を思いついた奴がいたとしても、それを遊牧民たちが知っている可能性はもっと低い」
「それは遊牧民たちが蔑まれているのと何か関係が?」
「まあな。アリツカマーゲイたちの調査だとどうもクワイの本は宗教関連の本が多い」
聖人がどうたらこうたら、救いがどうのこうのと小難しい文字の羅列がだらだらと続くだけのつまらない本。いわゆる娯楽や実用書がほぼない。
多分、そういう本が規制されているはずだ。本が規制されているなら、知識が規制されていてもおかしくない。いろんな文化がセイノス教を中心にしか発展していない国なんだろう。そしてまあ大体が宗教なんてものは保守的だ。
「軍隊の運用なんてものはどうしたって保守的になりそうだしな。知識を広めることを躊躇してもおかしくないし、戦術の研究だってかなり遅れているはずだ」
地球では孫子の兵法のように当時としては画期的な軍略書などがあの国にはない、あったとしても一部が独占している可能性が高い。
「我らと違って遊牧民たちは学んでいないということですね?」
「そ。奴らは叩き上げだからかな。得意分野には強いけどそれ以外はからきしなんだろうな」
良くも悪くも経験からしか学べない。だから未知の戦い方を行う相手には必要以上に後手に回ってしまう。
「これは私見ですがどうにも部隊ごとの実力差が激しいかと思われます」
「そうなのか?」
「はい。我々が最初に戦った相手のように練度が高い部隊はいるのですが、もたつく敵や撤退の機を逃す部隊も多いようです」
「んー……それも戦術を学ばないことの弊害かなあ。学ぶことの利点ってなんだと思う?」
「誰もが同じ知識を共有できることでしょう」
「そ。こいつらの指揮は経験と勘に頼ってるみたいだからな。才能のある奴はそれでも伸びるけど才能のない奴はついていけないんだろうな」
学問でもスポーツでも何でもそうだけど、天才を更なる高みへと導くよりも凡人を秀才にする方が楽だ。これが人数の限られたスポーツならともかく、軍事行動に人数制限はない。一人の天才よりも数百人の秀才が集まった方が集団としての力は強い。
そしてオレたち、特に蟻は横並びの教育を受けさせて、思考を均一化させることについてはずば抜けている。
オレの軍事知識なんてうろ覚えだけど緩慢な城攻めならきっちり対処できるくらいに指揮できる奴が増えてきて嬉しいよ。ちなみに防衛線の指揮を執っているのはごく普通の女王蟻。
要するにそこら辺のモブが軍隊を圧倒している。思わず涙がでそうだよ。
あー、教育を頑張ってよかった。
「感慨にむせび泣いているところ申し訳ありませんが動きがあるようですよ」
「お、何だ何だ?」
ずらりと砦を取り囲んでいた騎兵が一斉に一つの面に集まっていく。ちなみに砦は四角形をしていて、壁の上に弓兵を配置している。ここまでくれば弓を隠す必要はないからな。
が、その弓さえ届かない距離を走りながら、西の壁に騎兵が集中していく。この移動の速さと一糸乱れぬ統率は見事と呼ぶほかない。
「壁の一側面を集中攻撃するつもりでしょうか」
「そうみたいだな。西を攻めるのは良い選択だ。今は風の影響で西が攻めやすい」
弓矢は追い風だと威力や射程が伸びる。向かい風では当然それらは低下する。
遊牧民の兵力が明らかに足りない現状では一か所に攻撃を集中させた方がいいのかもしれない。
今まで西壁を攻めていた部隊が継続して攻撃を加えながら、たった今西壁にたどり着いた部隊は下馬して壁にとりつき登ろうとする。誰も乗っていない馬は先頭を走っていた女が先導して安全な場所まで誘導する。
ホントに馬の扱いはすごいな。
ほとんど垂直に近い壁に対してほぼ素手で登ろうとするのは無謀でしかないが、今までの戦闘で傷ついた場所と自分たちの魔法をピッケル代わりに何とかして登ろうとしている。やったねボルダリング検定2級くらいなら合格できるぜ?
そこまでしても壁の上には登らせないけどな!
ぽーいと石の棒を頑張ってクライミングしていらっしゃる遊牧民にプレゼント。ドミノ倒しのように落下者が折り重なる。
備えあれば憂いなしだね。籠城する側が有利なのはこういうこと。重力という神でもなければ覆せない力を味方につけていればそうそう負けない。
もしも少しでも攻城戦に詳しい人ならこう思うかもしれない。何ではしごや井闌車のような壁を超える道具を使わないのかと。
使わないのではない。使えないのだ。
何しろここは草原のど真ん中。辺りに木材はない。大掛かりな道具を作るのはほぼ不可能。縄くらいならあるようだけど圧倒的に量が足りない。
対してこちらは石さえあれば城や砦なんかいくらでも作れる。高原では地の利は敵にある。ならばその地を変えてやればいいだけ。戦うのは苦手だけど状況をコントロールするのはかなり得意だぞ?
「ですが奴らの戦い方も少しこなれてきましたね」
「だな。ちゃんと工夫してる。これで敵の全員が攻撃できるようになればちょっとまずいかもしれない」
そう。今現在全戦力を投入させていない。
遊牧民たちが城攻めを行っているのはおよそ三分の一の兵だけ。奴らは主に三つのグループに分かれている。
城攻めを行う集団。野営地を守る集団。そして食料や水を調達する集団。戦力分散は戦術の初歩だけどここまで上手くいくのも珍しいかな。
遊牧民がどれだけこの高原に適応していてもきちんと茂った草と多少の水は必要だ。地下水はそれなりにあるけど地上に水はほとんどない。奴らも井戸を必死で掘っているけどどう考えても時間が足りないし、風車のように効率的に水を吸い上げる設備なんかあるはずもない。結果として数キロ先の水源に足を運ぶしかない。
そして食料。他の町で購入した食料は近いうちになくなりそうなので、自給自足に切り替えるつもりのようだ。周囲の動物はこの作戦を立案したティウたちがここにあまり来ないようにしたし、この辺りの草はきっちり刈り込んで、もうとっくに非常食として砦に収納済みだ。
結果として家畜の牧草を求めて三十里くらいは移動しないといけない。遊牧民の移動しながら暮らすライフスタイルはとにかく攻城戦と相性が悪い。
これが地球にかつて存在した元帝国とかだと様々な兵器を利用したりもするはずだけど、セイノス教の関係で武器は使えない。
だいたい城攻めしている敵兵は五千。対して守備兵は二千六百。城を落とすには三倍の兵力が必要だという俗説を信じるなら間違いなくオレたちの有利。
「ないない尽くしでかわいそうだな。オレなら無視して他を潰しにいくけど……ま、これも翼の作戦が上手くいってる証拠かな?」
「恐れ入ります」
挑発に乗ってくれたのか今のところ砦から移動する様子はない。後は援軍が来るまでゆっくり持ちこたえればいい。後は上手く包囲できるかどうかだな。敵の偵察を寧々と和香のコンビが上手くやってくれるといいけど。




